モンゴル人力士第1号として来日してから苦節20年。夏場所で最年長初優勝を遂げた旭天鵬(37)のパレードでは、同郷の大横綱・白鵬が大先輩のために旗手として同乗した。これ以上ない「美談」かに見えるが、相撲協会幹部は苦々しげに、「これはモンゴル軍団の当てつけだよ」と吐き捨てた。
平幕力士の旗手を他部屋の横綱が務めるのは異例中の異例だ。
「白鵬が勝手に決めたうえに、所属する宮城野部屋のパーティを放り出して旭天鵬の祝勝会に参加した。横綱の威厳に関わる問題だ。模範となるべき立場をわかっていない」(相撲協会幹部)
が、白鵬の行動は「確信犯」だったようだ。
発端は場所前の大島部屋合併問題だ。大島親方(元大関・旭国)が3月に定年を迎えたため、大島部屋は立浪一門内の別の部屋に合併されることになった。
「白鵬は大島部屋と宮城野部屋を合併させ、モンゴル人4人を抱える“モンゴル部屋”の創設に動いたんです。近い将来に旭天鵬が引退して大島親方を継承したら、白鵬ら全モンゴル人を引き連れて独立する計画だった」(立浪一門の親方)
だが、協会は「モンゴル人が集まるのは許さない」として宮城野部屋との合併案を却下。宮城野親方(元幕内・竹葉山)がそれに従ったため、結局、大島部屋は立浪一門の友綱部屋に合併された。
「外国人力士が増えたことが人気低迷の原因として、協会は外国人の入門規制を敷いている。それに不満を持っていた白鵬は、頻繁に会合を開いてモンゴル人の結束を高めていた。合併話が拒否されたことにも怒り心頭だった」(同前)
※週刊ポスト2012年6月8日号