江戸時代に流行を博した春画。今見ると、春画から江戸の日常生活が窺えるのも興味深い。遮音性が低いうえ、基本的に鍵のない扉だったので、性行為中の会話やヨガリ声、雰囲気は家中に筒抜けだ。浮世絵研究の第一人者・白倉敬彦氏は苦笑する。
「タブーなき世界とはいえ、やはりセックスシーンを見られるのには抵抗があったようです。寝具をのべると屏風や衝立を用いて覗かれるのを防いでいました」
子のいる家でも、その気になったらすぐセックス――赤子をあやしながら、授乳中、童子が短冊に字を書く横でも下半身をしっかり結合させる絵柄に出くわす。しかも、無垢な子ばかりでなく、男女を揶揄するガキがいたりするから手におえない。
夜這いは容認されていた。ただ、春画は失敗した男や寝取られ亭主を描くことに力を注ぎ、笑い飛ばす。
オナニーも盛んだった。絵柄には男より女のケースが圧倒的に多い。その際には張型をはじめアダルトグッズが用いられる。江戸と大坂には「四ツ目屋」という専門店があり、大いに賑わっていた。
獣姦というグロテスクなセックスすらある。白倉氏の解釈を聞こう。
「江戸の大ベストセラー『南総里見八犬伝』の異類婚姻譚からの影響は否定できません。実際には男と牛馬、犬、エイとの獣姦があったようです。大タコと海女のまぐわいには、女性の溺死体の陰部に、タコが食らいつくという民間伝承が生きています」
だが西欧秘画に多い、獣が女性器を舐める“バター犬”は見あたらない。この点も春画の特質といえよう。
春画に全裸のセックスシーンが少ないのは意外だが、カラクリがある。白倉氏が教えてくれた。
「春画は女性ファンが多いうえ、江戸みやげの定番。版元が呉服屋とタイアップして、登場人物に最新モードを着せました。だから脱がない」
春画にはファッション雑誌やカタログの役目もあったのだ――。
※週刊ポスト2012年6月8日号