【書評】 『評伝 ナンシー関 「心に一人のナンシーを」』/横田増生著/朝日新聞出版/1575円(税込)
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徳光和夫を「喜怒哀楽で食ってる男」と表現し、文に添えた版画は号泣する徳光の顔と「う~~」という泣き声。もう15年余り前の作品だが、今でも唸らされる。
テレビ番組や芸能人について書くコラムニストで、あれほどの鋭さと毒とユーモアを備えた書き手は後にも先にもいない。「消しゴム版画家」ナンシー関。彼女が39歳で虚血性心不全により急死したのは、10年前の6月だった。
著者は、彼女が残した膨大な言葉を時系列に沿って読み込み、家族、友人、仕事関係者、果ては消しゴムを買っていた文具店の店員に至るまで実に多くの人々の証言を集めた。彼女に関する初の評伝だ。
幼い頃から言葉の覚えが早く、記憶力が良かったこと、小学生の頃から冷静で、周囲から一目置かれる「大人」だったこと、早くも高校時代に人間観察の鋭さを認められていたこと、小学校4年生の頃から急激に太り、20歳の頃には結婚を諦めていたこと、極端な弱視で、メガネを外すと間近な人の顔も判別できなかったこと……。
そうした事実を拾った末に、著者は2つの重要な問題を考察する。ひとつは、売れっ子になったのと引き換えに寿命を縮めていく過程。もうひとつは、〈ナンシー関の外見は、その仕事に影響を与えたのか否か〉〈ナンシーの女性性をどうとらえるのか〉という問題だ(著者の解釈は本書に譲るが、あの毒は体型コンプレックスの裏返しだ、といった単純な話ではない)。
著者は自分の解釈を前面に押し出すよりも証言を丁寧に再現することを心掛け、ナンシーの代表的な文章、発言も的確に引用してわかりやすく解説している。対象への愛情溢れる評伝であると同時に、最良の解説書にもなっている。
※SAPIO2012年7月18日号