昨年10月、全国47都道府県で暴力団排除条例が施行された。それから半年、日本のヤクザはどのような影響を受けているのだろうか。暴力団に詳しく、現在アジアに進出する暴力団について取材を行うフリーライターの鈴木智彦氏が実態を報告する。
* * *
3月上旬、手始めにアジアの3か国を取材した。ざっと数日回っただけでも、多くの暴力団が海外でシノギをしている事実が判明した。もっとも進出が盛んだったのはタイである。首都・バンコクに居住する山口組幹部は、得意気にこう解説する。
「この国では運転免許すらいらない。無免許で死亡事故を起こしても任意保険は適用されるからだ。日本の感覚からすれば狂っていると言うしかない。交通違反をして捕まっても、なまじ免許があると、警察も建前上、書類を作らなきゃならないから困るらしく、そう公言しているんだから、最初の頃は俺もびっくりした。
殺しだって簡単だ。殺りたいヤツがいたら、ごくわずかの金で殺せる。100万バーツ(約250万円)もあれば十分だろう。ガードマンを雇ったり、よほど身辺警護に気を使っている人間以外、誰だって殺せるね。
けっこう長く住んでいるから、俺も警察とのパイプが太くなった。最近じゃ、黄色人種の死体が見つかると『確認してくれないか?』と電話がかかってくるんだ。面白いことに日本人の死体はたいていトランクスをはいてる。ほとんどは不審死として扱われ、事故か、自殺か、殺しかなんて、まったく問題にならない」
この幹部いわく、タイに潜伏している暴力団員は、最低でも100人以上はいるという。暴力団をはじめ、詐欺師やブローカーたちの溜まり場的喫茶店で、顔見知りとばったり出会うこともある。先月はマスコミを賑わせた事件の実行犯と飯を食うこともできた。
明らかにその筋の人間だろう男と酒を飲み、帰国後、名前を調べてみると、私が追いかけていた事件の首謀者だったのだ。慌てて連絡したが、携帯電話はすでに不通だった。あとあと調べても、男の行方は分からなかった。
取材を進めると、隣国の韓国、中国をはじめ、台湾、マレーシア、インドネシア、シンガポール、フィリピン、そして香港やマカオなど、暴力団がアジアのほぼすべてに進出していることが確認出来た。世界的に孤立を深める北朝鮮にさえ、暴力団員のシンパはかなりいて、実質的な準構成員になっている。
暴力団員には朝鮮籍の組員が多くいるが、韓国への国籍変更をしない人間がいるのは、暴力団と暴力団国家を繋ぐパイプ役となっているからだろう。国際社会の監視の目が強化され、覚せい剤密輸の北朝鮮ルートが激減してからも、北朝鮮が覚せい剤の大規模生産国である事実は同じで、これらの薬は近隣諸国を経由し、いまも日本国内に持ち込まれている。
※SAPIO2012年8月1・8日号