昨年9月から4回にわたって『SAPIO』で掲載した精神医療の問題を追及する特集「うつで病院に行くと殺される!?」は大きな反響を呼んだ。あれから半年余り、精神医療の現場で何が起きているのか。ここでは昨年に引き続き、医療ジャーナリスト・伊藤隼也氏が国の自殺対策の杜撰さについて報告する。
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近年、アメリカや欧州では、当局の取り締まりが厳しくなり、訴訟も頻発している。日本のような隠蔽に走る省庁とは真逆だ。折しも、アメリカでは「選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)」と呼ばれるタイプの抗うつ剤「パキシル」を巡る訴訟が大ニュースとなっている。
米司法省は7月2日、英製薬大手グラクソ・スミスクライン(GSK)がパキシルなどを不正に販売促進した問題で、米連邦政府や州政府に30億ドル(約2400億円)の和解金を支払うことで合意したと発表した。
パキシルには自殺企図を高めるリスクがある。GSKは、米食品医薬品局(FDA)がパキシルの小児への処方を認めていないにもかかわらず、1999~2003年に亘って18歳未満にも処方するよう販売促進を行なっていた。
例えば、医師に対して「効果的」だと売り込み、キックバックを支払っていた。また、あるラジオ番組では、ホストを務める医師とサクラの患者に会話の中で、それとなくGSKの抗うつ剤の宣伝をさせた。この医師には27万5000ドルの謝礼が支払われた。
これらの悪質な販売促進によって、GSKは最終的に医療関連訴訟としては米国史上最高額の和解金を支払うこととなった。
だが、日本ではそのパキシルをはじめとする抗うつ剤が当たり前のように若年層に処方されている。そして、皮肉にも若者の自殺者数は近年増えている。
2011年中の職業別の自殺者は「学生・生徒」が顕著になり、前年より1割増の1029人。統計を取り始めた1978年以降、初めて1000人を超え、15~39歳の各年代の死因の1位が自殺となった。これは先進7か国で日本のみの現象だ。NPO精神医療被害連絡会の世話人を務める中川聡氏は、若者の自殺の増加と、抗うつ剤の売り上げ増に相関関係がある、と指摘する。
「抗うつ剤は若年層ほど自殺企図のリスクが高まることは医薬品添付文書にも記載されている事実です。それを証明するように、1998年にSSRIが発売されて以降、40代を中心に年齢が高くなるほど自殺率が減少し、逆に年齢が低くなるほど自殺率が増加していたのです。年代順にこれほど綺麗な形のグラフになるということは、やはり年齢が関係していることを示しています」
国はこの事実に気づいているのか。実は3年前の『自殺対策白書』には見逃せない一文があった。死亡前1年以内の精神科受診の有無と年齢層について踏み込んで分析した以下の記述だ。
「精神科受診群は、非精神科受診群に比べて顕著に死亡時の年齢が低く、その60%が20~30代という比較的若年の成人であり、他方で、非精神科受診群の約75%が40歳以上であった」(2009年度『自殺対策白書』より)
ここでは精神科を受診した若者に自殺者が多いという事実が明確に述べられている。ところが、翌年以降の記述には大きな変化が見られる。
「翌年度以降の自殺対策白書から精神科受診と自殺を関連させる記述は一切姿を消しました。抗うつ剤の若年層への弊害を知った上で、記述を削除したのであれば、“隠蔽工作”との批判を受けても仕方ありません」(中川氏)
『自殺対策白書』をまとめた内閣府は記述が削除されたことについて、文書でこう回答する。
「本件は、平成21年度白書の特集として、当時発表された自殺予防総合対策センターによる調査結果の報告を掲載したものであり、翌年度以降の白書には掲載していません」
その年の「特集」だったから以降は載せていない事の重大さ故に掲載するという視点が欠けている。
※SAPIO2012年8月8日号