愛煙家なら経験があるかもしれないが、海外旅行先でタバコを買おうとしてギョッとすることがある。例えば、シンガポールで売っているタバコのパッケージを見ると、どれも喫煙によって真っ黒になった肺の写真や、ヤニで汚れた歯、ときには脳出血に侵された患者の写真などが大きく印刷され、銘柄すら判別するのが難しいほど。
それは有害性をより生々しく見せることで、タバコの購買意欲を削ぐ工夫であり、法律で定められている国もある。日本では中・高校生など生活指導の一環として“禁煙教室”を開く学校が増えたので、スモーカーの黒い肺とノンスモーカーのピンクの肺を見比べた記憶のある人も多かろう。
しかし、いまや常識のように語られている「喫煙→肺が黒くなる」との説は医学的に根拠があるのだろうか。
かつて肺がんで亡くなった患者の病理解剖に立ち会ったことがあるという都内の内科専門医が話す。
「確かにその方は肺が真っ黒でしたが、これまで1本もタバコを吸ったことのない人でした。肺胞へと枝分かれする気管支の繊毛細胞は、喉や口内の粘膜と同じように常に新しい細胞と入れ替わりますし、表面の異物を排除する仕組みになっています。タバコを吸わない人の肺が黒くなっているのは、むしろ長年の間に自動車の排気ガスやアスファルトの粒子、工場の煤煙などの蓄積が大きいといえます」
医師の中には「タバコの煙は水蒸気やタールの粒子であって、肺に蓄積することはない」と言い切る人もいるようだが、それもはっきりした研究データはない。
ただ、喫煙の有無にかかわらず、ある程度の年齢や生活環境によって誰でも肺は黒くなるというのは確かなようだ。近年では、芸能レポーターの梨本勝氏や海外では歌手のドナ・サマー氏も非喫煙者ながら肺がんを患い、命を落としている。
国立がん研究センターなどは今年7月に、タバコを吸わない人でも患者が多い肺腺がんの発症の危険性を高める遺伝子を新たに2個発見したと発表し、タバコ以外で肺がんにかかる人の原因究明や予防策を見出していく予定だという。
「順天堂大学の医学部教授である奥村康さんは千葉大学の大学院時代に実験用のラットをタバコの煙づけにしてがんをつくろうとして失敗。『タバコを吸ってもがんにならない』という論文まで書いたそうです(苦笑)。少なくとも、肺がんのすべての患者がタバコを吸うわけではないという事実がある以上、肺がんの元凶がすべてタバコであると決めつけるのも早計だと思います」(前出の内科医)
今回の取材で同医師は「こんなことを実名で言ったら厚労省や医学界から袋叩きに遭いますから……」と匿名を絶対条件に話してくれた。“禁煙ファシズム”という世の風潮も冷静に見極めなければ、ますます行き過ぎた情報に踊らされることになる。