「おひとりさま向けビジネス」は、まだ日本では極めて少ないのが現状だが、アメリカではずっと以前から定着している。おひとりさま向けの“出会いの場”が1つのビジネスになっているのだ。そうしたビジネス展開の日本での現状と可能性を、大前研一氏が指摘する。以下は、大前氏の解説だ。
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「1人カラオケ」が流行っている。誰にも気を遣わず好きな歌を心ゆくまで歌いたい、難しい曲や振り付けを練習したい、アニメソングを熱唱したい……などの“おひとりさま”ニーズに対応した1人専用カラオケボックスが増え、カラオケ店利用者の2~3割が1人客というデータもあるのだ。
とはいえ、こうした「おひとりさま向けビジネス」の実例は、まだ日本では極めて少ないのが現状だ。かたやアメリカでは、それが以前から定着している。週末には単身の男女が集うシングルズパーティーがあちこちで開かれているし、年齢層ごとに分かれたシングルズバーも山ほどある。
シングルズバーというのは、カウンター越しに若い女性が男性客の相手をする日本のガールズバーなどとは異なり、カウンターの止まり木に座っている女性客に男性客が後ろから声をかけ、酒をおごったりしながら口説くための店である。いわばおひとりさま向けの“出会いの場”が1つのビジネスになっているのだ。
それに対して日本人は、飲食店で隣の人に話しかけるということを(酔っ払い以外は)ほとんどしない。しかし、それは日本人がシャイだとか、他人との接触を避けているといった理由ではなく、単にそういう場所や施設や機会がないからだと思う。
それが証拠に、消費社会研究家の三浦展氏によると、東京でも高円寺だけは、喫茶店、レストラン、バーなどで隣に座った他人同士が気軽に会話を交わしているという。つまり、街や店に他人と気安く話せる雰囲気さえあれば、おひとりさまでも隣に座った人とコミュニケーションをとることができるのだ。そしてそこにこそ、新たなビジネスチャンスがある。
大半の人は見知らぬ人との接触に慣れていない。そのため、隣の人に話しかけることが自然にできる高円寺のような雰囲気を生み出す仕掛けが必要となる。
ここで参考となるのは、料理教室を全国展開している「ABCクッキングスタジオ」だ。同社は長年の経験から「先生1人に生徒5人」の組み合わせがベストだという結論にたどり着いた。そして従来の女性限定の教室に加え、初心者の男性も通える教室を作ったところ、それが1人の先生を触媒とした男女5人の生徒の出会いの場、婚活の場となって人気を集めているというのである。
それと同じように、たとえば、出会いのある“シングルズ居酒屋”を作ればよいのではないか。コンセプトは「Alone but not lonely」。つまり、おひとりさまたちが内向きに寂しく消費するのではなく、帰りがけに食事をしながら一杯飲める店を出会いの場にするのである。
店内には、おひとりさま専用の6人掛けのテーブルを置き、そこに1人の「ファシリテーター」(集会や会議などで、テーマ・議題に沿って発言内容を整理し、議論がスムーズに進行するように調整する役割を担う人)を入れて、5人の客に交流のきっかけとなる会話を促し、話題をつなぎながら、場を盛り上げてもらう。
背中をポンと押す人がいると助かる、と思っている人が多いから、ABCクッキングスタジオの先生と同じ役目を果たす、お店の常連を組織化するのである。
週末でも晩ご飯をデパ地下の惣菜やコンビニ弁当、牛丼屋や定食屋で済ませているおひとりさまの現状は、どう考えても不健全だし、彼ら自身も人生が楽しくないだろう。だからシングルズ居酒屋を作れば必ず繁盛し、それを機に日本でもおひとりさま向けビジネスに火がつく。
※週刊ポスト2012年9月7日号