ゴッドハンドと称され、これまで手がけた心臓手術は5千件以上。
須磨久善さんは、テレビドラマ『医龍』(フジテレビ系)、映画『チーム・バチスタの栄光』などの医療監修を務めた日本を代表する心臓外科医。新著・『タッチ・ユア・ハート』(講談社)は、その須磨さん自身が初めて手がけた小説だ。
自伝的小説で、招かれて赴任したイタリア・ローマの大学病院のこと、そこで手がけた難手術のこと、2頭の愛犬のエピソードなどが綴られている。
「執筆の動機は、ペットロスでぼろぼろになってしまったことからです。思い出が風化する前に、一緒にどんなことをしたかを書き残しておこうと思いまして。これまで医学論文は200編以上も書いていますが、小説は初めてです。小説といいながら、ぼく自身も本名で登場していますし、99.9%は実際に起こったこと。ですから妙な本です(笑い)」(須磨さん・以下同)
本書にも登場する愛犬タローは、須磨さん夫婦がイタリア滞在中に飼うことになったゴールデン・レトリバー。その死に呆然自失し、心を痛めるやさしさは、須磨さんの人柄そのものである。
小説や映画のタイトルにもなったバチスタ手術とは、ブラジル人医師バチスタ博士が考案したもので、極度に弱った心臓の筋肉を大量に切り取ることで、心臓機能の回復をはかるという画期的な手術法だ。日本では1996年に須磨さんが初めて行った。
それより前に、須磨さんは、心筋梗塞の治療法として、胃の血管である胃大網動脈を使ったバイパス手術を世界に先駆けて行い、多くの人命を救い、「神の手」を持つ男と称賛された。
しかし、その栄光を決してひとり占めするのではなく、求められれば、手術は常に世界中の医師に公開、医療の進歩のために尽くしてきた。そればかりか、小学生にまで、自らが執刀する心臓手術を公開してきた。
「きっかけは、1997年に神戸で起きた子供が子供を殺す“酒鬼薔薇事件”でした。子供たちが“キレる”ことが問題になっていました。子供はみんな幸せになりたいと願っているはずなのに、なぜ、こんな不幸な事件が起こるのか。大人が真剣に考えなければならない、大人が働いている現場を見せたら何かを感じとってくれるのではないかと考えたんです」
須磨さんは、医師として、子供たちに命の大切さを教えてあげたい、と願ったのだ。
「最初は病院のスタッフからも反対する声がありました。私自身も、手術現場は刺激的すぎると不安もありましたが、参加した子供たちは目を輝かせて手術を見て、手術を受ける患者さんを思いやり、命の大切さを心に刻んでいました」
※女性セブン2012年9月20日号