未払い料金5億5000万円の賠償を請求――。NHKがビジネスホテル「東横イン」を相手に訴訟を起こした一件は、今後、受信料制度の見直しや再定義といった方向へ進むきっかけとなるのか。
9月10日に開かれた第1回口頭弁論で、東横イン側は未契約と指摘された約3万3700件分について、「空室やテレビを見ない人のことを考えておらず、納得できない」と、NHKと徹底抗戦する構えを見せている。「テレビはあるけど昼間は仕事だし、夜は民放しか観ていないから、一律で徴収されるのはおかしい!」(30代男性)といった多くの個人視聴者の訴えにも通じる反論だ。
立教大学社会学部(メディア社会学科)の服部孝章教授はいう。
「いまや病院にだって患者1人につき1台のテレビがついていますし、ホテルでも東横インのような稼働率が高いところもあれば、地方の空室が目立つ旅館もある。それぞれ業種によって視聴環境が異なる中で、受信料をどう払うべきなのか。今回はたまたま東横インが“人身御供”にされた形ですが、NHKは裁判で争うだけでなく、もっと広く社会に問うべきです」
いまさらだが、日本には放送法があり、「NHK(日本放送協会)の放送を受信できるテレビを設置している人は、放送受信契約を結ぶことが義務づけられ、受信料を払わなければならない」旨の条項(第64条)が定められている。つまり、NHKを視聴するしないにかかわらず、テレビ1台につき、地上波なら月額1345円、衛星放送の受信可能世帯なら月額2290円の支払い義務がある。
NHK調べによると、受信契約率は約8割ということになっているが、実際の数値は地域や居住環境(戸建て、マンション)によってもまちまち。そこで、NHKは契約率をさらに上げるべく、2010年から全国で不払いを続ける世帯に受信料の“強制執行の通告”という実力行使に出ている。8月末時点で通知を送付したのは125人、そのうち90人に強制執行の手続きが申し立てられている。
9月にも愛媛・松山市内の男性が簡易裁判所の第1回口頭弁論に臨み、5年4か月分の受信料約8万6000円の支払いを分割で行う“和解”勧告をされたばかり。
こうした裁判は今後も続くと見られており、家庭のみならず東横インなど法人契約の徹底、強化が図られていく見込みだ。そして、テレビの契約だけでは終わらない事態も想定されている。
テレビが見られるワンセグケータイやカーナビ、番組の配信サービスを行うパソコンなど通信端末もそれぞれ“受信可能な設備”に入る。これらにいちいち受信料の支払い義務が課せられたら、月にいくら徴収されるか分からない。
「小さな携帯画面でテレビを観ている人と60インチの大画面でテレビを観ている人が同じ受信料でいいのかという問題は当然出てきますよね。料金形態はメディアの特性に合わせたものにすべきです。そんな公平性を担保するための根本的な受信料改革をせずに、見せしめ的な裁判を続けていても逆効果。NHK離れが起こるだけです」(前出・服部氏)
NHKは10月から月額最大120円の受信料値下げを行う方針になっている。だが、小手先の改革だけでは不払い問題は終わりそうにない。