常識とは18歳までに身に付けた偏見のコレクションのことをいう――そう言い切ってみせたのはE・アインシュタイン。何かと揺らぎの多い昨今、作家で五感生活研究所の山下柚実氏が着目したのがトヨタのCMである。
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「常識に尻を向けろ」。その言葉通りのCMが話題を呼んでいます。
トップレスの金髪モデルが、真っ赤なパンティ一枚の姿で歩いていく。背後から追っていくカメラ。女性が振り向く。あっ……!
フラットな胸。もう一度、じいっと凝視してしまう。やっぱり平ら。そうか、この人、男なのか……。
自分の中にあるガチガチの「常識」を一気にくつがえされてしまう。「トヨタ過激CM」という呼び方が定着するほど、「保守的な」企業にしては何とも強烈なインパクトを放っている、新型オーリスのCM。
その中で私たちの目を釘付けにしているのは、イスラエルの19歳男性モデル、スタブ・ストラシュコさんの身体。お尻の形や膨らみ、女性に見まがうほど。アンドロジナス=「中性的な」魅力で世界中で活躍しているのだとか。
社会的反響の大きさゆえか、このCMは「お堅いトヨタ オドロキCM」という見出しで新聞記事にもなりました。
「東洋大の小川純生教授(消費者行動論)は『今までにはないCMで、話題にはなる』とトヨタの意気込みを買う一方、『女性は嫌がるかもしれない』と指摘」(東京新聞 2012.8.25)
このコメントを読んで、私は首をかしげたのです。なぜ、女性が「嫌がる」のでしょう。その理由も説明も記事にはありませんでした。
本当に女性が嫌がる? そうとは限らない。少なくとも私は、「アッパレ!」と思いました。自分の中にある、錆ついた先入観を、鮮やかにひっくり返されたから。その時、人は快感を覚える。胸がスっとすく。現代のコンセプチュアル・アートにも通じるような、クリエイティブな驚きと楽しさがそこにある。
そして。「すべてを見られる」「裸体を人目にさらされる」「モノのように観察される」感覚は、今や女性だけが引き受けるものではありません。男性も「見られること」をわかちあう時代なのだと、つくづく実感。「評価される」ことの痛みも含めて。
その意味で、実にクリティカルなCM表現ではないでしょうか。「トヨタの過激CM」は、男と女の新しい時代の流れと変化を映しているのです。