大津いじめ自殺事件では、ネット住民による“制裁”が相次いだ。関係者の個人情報が続々とウェブ上に書き込まれ、それらをもとに学校や市教委には電話やメールの抗議が殺到。そしてついに市教育長が19歳の大学生に襲撃される事件まで発生した。「ネット自警団」の浅はかな義憤は、教育現場に何をもたらしたのか。ジャーナリストの鵜飼克郎氏がレポートする。
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市教委に対する不穏なメールや電話は依然続いており、8月末までの2か月間でメール9452件、電話7586件に上った。
「大半が“おまえらを許さんからな”とか“いてもたろか”という感情的なもの」(市教委)だといい、10本の外線がある市教委では一日中電話が鳴り続け、常に通話中の状態。業務に支障が出るだけでなく、カウンセリングを受けなければならない職員まで出てきた。そういう中で起きたのが襲撃事件だった。
「市民に開かれた市役所ではセキュリティが甘いのは当たり前。教育長以外にもネット上で名前や住所、顔写真が公開されている関係者もいる。次は自分じゃないかと不安が広がっている」(市役所職員)
さらにはネット自警団による“誤爆”も大問題となった。
いじめたとされる少年や親族、学校関係者を実名で糾弾する書き込みの中に、誤った情報が含まれていたのだ。
滋賀県栗東市内の病院には7月6日の夜から匿名の電話が殺到した。「加害者の祖父が滋賀県警OBで、病院に天下っている」という掲示板への投稿がきっかけだった。
「県下でも数世帯という珍しい苗字、県警OBという偶然が重なり、ネット検索で病院がヒット。これが一気に広まったようだ」(地元新聞記者)
病院側を取材すると、7月6日からの3日間で抗議電話が200件、無言電話は500件にも上ったという。
「救急患者の受け入れは別回線があったが、通常の診察に支障をきたした。名指しされた職員には孫はおらず、まったくの別人。職員が説明しても聞く耳を持たず、“人殺しの親族を病院が雇うのか”と一方的に話して切るパターンがほとんどだった」(総務課)
中には「お前たちの言い分はわかった。でもネットが真実だと思う」と言い残す者もいたそうで、こうなるといくら説明しても時間の無駄だ。
また、加害者の母親と間違われた女性団体の会長は、ネットで「人殺しの母親」「クズ人間」と中傷され、自宅に「顔に濃硫酸をぶっかける」と脅迫の手紙まで届いた。女性団体の事務局は抗議電話の呼び出し音で会議ができないほどだった。
「会長には中学生の子供がいないうえ、事件の中学校とは別の校区に住んでいる。いじめたとされる同級生と苗字が同じだけだが、『PTA』『役員』とキーワード検索をして絞り込んだようだ。誤った情報や書き込みを消したいと警察に相談したが、自分で削除申請するしかなく、すべて削除するのは不可能とも言われた」(女性団体関係者)
一度火が点けばコピペ(切り貼り)が繰り返され、誤情報でも全てを訂正・削除はできないネットの危うさが露呈した事例である。自宅住所まで晒された会長は、今も怖くて外出を控えているという。
※SAPIO2012年10月3・10日号