【書評】『本当の経済の話をしよう』(若田部昌澄、栗原裕一郎/ちくま新書/987円)
【評者】森永卓郎(エコノミスト)
気鋭の経済学者にライターが話を聞いてまとめる。よくあるパターンだが、本書はひと味もふた味も違う。一つの理由は、聞き手の栗原裕一郎氏が、経済学をきちんと勉強して質問をしていることだ。彼は経済学徒ではないが、下手な経済学者よりもずっと勉強している。だから、質問自体が少しむずかしいかもしれないが、栗原氏の的確で、深い突っ込みは、知的興奮をかきたてる。
そして、もう一つの理由は、若田部昌澄教授のコンパクトでわかりやすい解説だ。若田部教授は、様々な経済学に精通する正統派の経済学者だ。経済学の知識が幅広くて深いから、どんな質問をされても明快な答えを返してくる。
本書は、インセンティブ、トレード・オフ、トレード、マネーという4つのキーワードを立てて、経済学のモノの見方を解説している。それだけでも十分に価値があるのだが、本書の一番の見所は、12講のTPP以降の部分だ。若田部教授は、正統派だから自由貿易のメリットを強調する。当然、TPP推進派だ。だから反TPPの教祖、中野剛志氏の主張を批判する。
ただ、そこからが若田部教授の真骨頂だ。彼は、中野氏を感情的に批判したり、陥れようとはしない。それどころか、中野氏の議論もきちんと経済学に基づいたもので、よって立つ経済学が違うのだということをきちんと説明する。議論がとてもフェアなのだ。実は経済学の一番面白いところがこの点で、どのような経済学を採用するのかによって、政策評価がまったく異なってくるのだ。
だから、「国内市場の保護のために最も強力な手段は為替だ」という点に関しては、若田部教授と中野氏の立場は一緒になる。円高やデフレは、基本的には貨幣問題で、資金供給量の多寡が為替や物価を決定するという基本的な経済理論を共有しているからだ。その点でいまの日銀の金融政策は自殺行為に近い異常行動なのだが、それも感情的にならずに淡々と日銀の問題点を指摘するところが、何とも紳士的で素敵なのだ。
※週刊ポスト2012年10月5日号