食を巡る不安が増す日本。そのなかで農家はなにを考えているのか。群馬県のとある畜産農家をレポートした。(取材・文=ノンフィクション・ライター神田憲行)
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群馬県でホルスタイン種を育てる畜産農家、小堀正展牧場の小堀正展さん(32)。手がける「宮小の低脂肪牛」がお弁当や都内の人気レストランで採用されるなど、「一次産業から二次、三次産業への関わり」を模索している。
いまのところ活動は順調に見えるが、台所事情は厳しい。大きな転機は、やはり昨年の原発事故だった。小堀さんは福島県内にも牧場を構えていた。警戒区域外だったが、委託運営をお願いしていた農家の人々が移住を決意したことで、飼っていた牛もすべて売却処分しなければならなかった。
「俺の牛のために土地に縛り付けることなんてできないわけですから。三千万円の赤字になりました」
さらに昨年7月、牛の飼料になっていた藁から基準値を超える放射性セシウムが検出されたことも大きな打撃になる。消費者の牛肉離れで、生きている牛の1キロ当たりの価格が350円あったのが、みるみる間に低下して200円台、そして100円台に。現在は牛一頭売るたびに5万円の赤字という状態が続く。
「みんな生きるか死ぬかの瀬戸際でやってますね。補助金もらってもえさ代で右から左へ消えていく。早く自分たちが育てた牛が正当な評価を受けるような経営を取り戻したいです」
震災で棚上げされた感があるTPPも、もし加入すればただでさえ安い米国産牛肉がさらに安くなり、国内市場になだれ込んでくる。「日本国内の畜産農家は壊滅的な打撃を受けるかも知れない」と不安を口にする畜産関係者もいる。
私が取材で訪れた日、別のホルスタイン農家が宮小牧場を視察に訪れていた。みんな30歳前後の若い農家だ。小堀さんの活動を目の当たりにして、「ともに生産活動の情報交換ができれば」という試みだった。彼らは小堀さんが牛に鼻輪を通していないことに注目した。出荷前のホルスタインは体重が700キロを超えるため、扱いやすくするために鼻に穴をあけて金属の輪を通し、それを持つのが普通だという。
「でもそれをやると牛が凄く痛がるんですよ。せっかくのんびり育ててるのに、最後の最後にストレスかけてどうするんだと思いやめた。味にどう影響あるのかわからないけれど」
と小堀さんは笑うが、視察に来た農家は、
「細かいところに工夫があり、とても参考になった」
と目を輝かせた。
小堀さんは「補助金に頼らない健全経営こそが農家の本来の姿だ」と主張する。その活動はまだ始まったばかりだが、若手農家らを中心に徐々にその輪を広げていっている。
「TPPの問題もありますが、最後に勝負できるのは日本人の繊細な神経で牛を育てていることだと思うんですよ。和牛農家さんの技術をみてもわかる通り、日本の農家の生産技術は世界でもトップクラスです。食のメイドインジャパンですよ」