野田政権のエネルギー戦略は、とても透明性が高いとはいえない。原発稼働をめぐるデータにもトリックがある。東京新聞・中日新聞論説副主幹の長谷川幸洋氏が解説する。(文中敬称略)
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先週のコラムで「政府の『2030年代に原発稼働ゼロ』という方針がグラグラしてきた」と書いたら、野田佳彦政権はなんと閣議決定自体を見送ってしまった。古川元久国家戦略相は「前例はある」と言い訳しているが、なんとも見苦しい。
新聞は脱原発派も推進派も9月20日付社説でそろって批判した。「脱原発の後退許されぬ」(東京新聞)、「政権の覚悟がみえない」(毎日新聞)、「うやむやにするのか」(朝日新聞)といった具合だ。推進派も「『戦略』の練り直しが不可欠だ」(読売新聞)と指摘している。政府がどっちつかずだから、双方から非難される事態に陥ってしまった。
実は、もっと重大な問題がある。そもそも政府が宣伝した「2030年代に原発ゼロ」という方針自体が嘘なのだ。 どういうことか、説明しよう。
野田政権は9月14日に閣僚レベルのエネルギー・環境会議が「革新的エネルギー・環境戦略」を決めた。そこには、たしかに「2030年代に原発稼働ゼロを可能とするよう、あらゆる政策資源を投入する」と書いてある。
その紙は閣議決定されなかったが、末尾に別紙で2030年の省エネルギーや再生可能エネルギーの「拡大イメージ」が参考資料として付されている。たとえば2030年の省エネ量は7200万kl(2010年比19%減)、節電量は1100億kWh(同10%減)、再生可能エネルギーの電力量は3000億kWhといった具合だ。
この目標を実現するために家庭用燃料電池は530万台(現状1万台)、新車販売は7割を次世代自動車にするなど具体策も掲げた。
ところが、これらは原発ゼロを目指した数字ではない。そうではなく、驚いたことに原発依存度15%を想定して弾いた数字なのである。それは6月29日に当のエネルギー・環境会議が「エネルギー・環境に関する選択肢」として公表した紙に記されている。
こちらの紙は2030年に原発ゼロ、15%、20~25%という3つの選択肢を提示し、先の「戦略」を決める下敷きになった。その中に「2030年における3つのシナリオ」という表1と「シナリオごとの2030年の姿(総括)」という表2、「クリーンエネルギーの政策イメージ」という表3がある。
たとえば表1をみると、省エネ量は原発ゼロの場合は8500万klが必要とされているのに、15%の場合は7200万klとなっている。先の目標と照らし合わせると、目標は7200万klだったので、実は原発ゼロではなく15%が目標という話になる。同様に節電量は2010年比10%減、再生可能エネルギーの電力量も3000億kWhであり、こちらも15%シナリオそのものである。
具体策の家庭用燃料電池530万台、新車販売は7割が次世代自動車というのも15%シナリオに沿っている。
つまり閣議決定を目指した「戦略」は「原発ゼロ」と書いていたが、実現するための中身は、省エネ量も再生可能エネルギー量も具体策も15%シナリオの数字を採用していたのである。これではゼロにならない。
こういう嘘がまかり通ってしまうのは、マスコミが原発ゼロという宣伝文句に目を奪われて、細かいデータをチェックしないからだ。政府の文書で重要な部分は本文よりも付属の参考資料とか別表に隠されている場合が多い。今回もそうだ。家庭用燃料電池の数字などは虫眼鏡で見ないと分からないほど小さな字で書かれていた。
「悪魔は細部に宿る」を肝に銘じたい。
【プロフィール】
●はせがわ・ゆきひろ:東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年千葉県生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。政府税制調査会委員などを歴任し、現在は大阪市人事監察委員会委員長も務める。
※週刊ポスト2012年10月12日号