パソコンやスマートフォンのモニターから発せられるブルーライト。この光線を長時間浴びることで、目に悪影響を及ぼすのではないか? 眼科専門医の間ではかなり以前から指摘されている問題である。
ブルーライトとは可視光線の中でも最もエネルギーが強く、目の奥の網膜にまで届くという380~495ナノメートルの光のこと。長時間眼に浴びると、視細胞を傷つけやすく、眼が疲労し、体内時計を狂わせる危険性もあるという。近年はパソコンやスマートフォン、液晶テレビやゲーム機の普及から、日常的に液晶画面を目にする機会が増え、従来以上にリスクが高まってきたといわれている。
2007年、レンズ付きで4990円という低価格メガネの市場で頭角を現わしたJINSの田中仁社長はある悩みを抱えていた。「最近、パソコンを使うと眼の奥が痛む。肩も凝りやすくなった。しかもこの疲れがなかなか取れない。一体何が原因なのだろう」
この時、田中は眼科医の間で交わされていたブルーライトの影響のことなど知らない。田中は「仕事の疲れがたまっているんだ」としか思わなかった。
それから3年。眼科の専門医との面会時に自らの悩みを打ち明けると、専門医は、「それはブルーライトの仕業ですよ」専門医からひとしきり説明を受けた田中は、すぐさま「ならば、ブルーライトを防ぐメガネを開発しよう」と決意した。
社長の提案を聞いた矢村功(マーケティング室)は「何事もフルスイングだ!」という田中の口癖を思い出した。こうと思ったら、迷わず思い切って振り切れ! を信条とする田中は低価格メガネの市場を切り拓いた。
だが、低価格路線で2000年に約6000億円だったメガネの市場は約4000億円にしぼんでいた。市場の急激な縮小はメガネの低価格化が原因だった。シェアを拡大するだけでは将来の展望が開けないと業界の誰もが思っていた。
「ブルーライトを抑えるメガネができれば、大きな社会貢献になる。しかもこれまでメガネとは無縁だった人たちも呼び込める」
熱弁する田中はまさに「フルスイング」しているかのようだった、と矢村は回想する。その「熱気」はただちに開発陣に伝播した。「ブルーライトを防ぐにはレンズにブルーの補色系のレンズを使えば良い」
内外のメーカーからレンズのサンプルを取り寄せ、試行錯誤の開発が続けられた。もちろん眼科専門医との連携は密に取られ、ブルーライトのカット率も測定。最大50%抑えられるメガネが完成した。
この時点では、ブルーライトを軽減することで、どのくらいの効果が得られるのかはっきりしていない。矢村らは、日本マイクロソフトの社員120人に試作品を提供して、1週間ほどメガネをかけて業務を行なってもらい、毎日朝と夕方の疲労度を記録してもらうことにした。その結果に目を通した瞬間、矢村は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「目の疲れが和らいだ」「肩凝りが改善された」など、115人からなんらかの効果がみられたとする回答が得られたのだ。
2011年9月。『JINS PC』と名付けられたメガネを発売。ブルーライトが眼に与える影響を解説したパンフレットも制作した。PCやスマートフォンなど液晶の見過ぎで眼に疲労が蓄積されることを啓発することが狙いだった。
商品は口コミなどを通じて、またたく間にヒット商品となった。同社の想像を超えて、現在までに50万本を超す売り上げを記録。従来メガネをかけていた層が新たに度付きのPCメガネを購入したことに加えて、当初の想定通り、これまでメガネとは無縁だった視力の良い人たちの需要を掘り起こした。デジタル社会がいかに人々の眼に疲労を蓄積させていたかが如実にわかる現象だった。
※週刊ポスト2012年10月12日号