リアルの社会で左翼の凋落が著しいのと同様、ネット上でも左派は存在感が薄い。全体として見ると、ネット上では保守的な言論に勢いがあり、掲示板等への書き込みも圧倒的に保守的な発言が多い。一方、左翼は“タコツボ”化し、広がりを持てないでいる。
そんな左翼を横目に、ここ数年、ツイッター、フェイスブックといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を中心として、新しい潮流が勢いを増して若者に影響を与えている。かつて共産党や社会党を闘わない「既成左翼」と批判して過激な行動に出た「新左翼」が生まれたように、“老朽化”した左翼に代わるものとして登場した「SNS新・新左翼」とも呼ぶべき人々である。
その思想には、いくつかの特徴があるという。ひとつは、SNSなどネットの新しい技術、サービスが普及することで社会に変革が起こり、理想社会が実現するといった技術決定論的な考え方だ。そうした人たちが「左翼」と形容されるのは、社会主義的だからということではなく、既存の社会秩序に革命的な変革が起こると喧伝しているからだ。
その先駆的存在は2006年に著書『ウェブ進化論』(ちくま新書)がベストセラーとなった梅田望夫氏だろう。氏はその中で「ネットの普及で誰もが表現者になれる」「検索エンジンの進化によってネットの世界が豊かになる」などと主張し、若者に大きな影響を与えた。
この梅田氏に続くのが『フラット革命』(講談社刊)、『ブログ論壇の誕生』(文春新書)、『2011年新聞・テレビ消滅』(文春新書)などの著者であるジャーナリストの佐々木俊尚氏、『Twitter社会論』(新書y)、『動員の革命』(中公新書ラクレ)などの著者である津田大介氏らだろう。
「リベラルで理想主義」の枠には、ネットに詳しくない人にとっては無名に近い人も多く含まれているが、実は彼らの多くもSNSなどについて著書を持ち、その世界では知られた存在である。やはり「新しい技術、サービスによってバラ色の未来がやってくる」といった世界観を振りまく。
ちなみに、書名に「革命」「誕生」など劇的な変化を意味する言葉がつくことが多いのも特徴だ。そんな彼らのツイッターのフォロワー数は万単位であり、その考え方に一定の賛同者層が形成されていることを窺わせる。
“ウェブの伝道師”が振りまく技術決定論的な世界観に真っ向から異を唱えてきたひとりが、ベストセラー『ウェブはバカと暇人のもの』(光文社新書)などの著者であるネットニュース編集者の中川淳一郎氏だ。
「ネットやSNSを礼賛する声とは裏腹に、ネットでは日々、うまくいかない自分の人生の鬱憤晴らしをするかのように炎上事件や個人攻撃や個人情報晒しが起きています。また、排外主義丸出しのネトウヨ的な言論もまかり通っています。毎日それを見ている私からすると、SNSによってバラ色の未来がやってくるという言説には強い違和感を覚えます。
ツイッターやフェイスブックが『アラブの春』を引き起こしたかのように語られますが、革命を引き起こしたのはSNSではなく、実際にデモに参加し、血を流した生身の人間です」
『2ちゃんねる宣言』(文藝春秋刊)などの著者でジャーナリストの井上トシユキ氏も、「技術決定論はユートピアを語っているにすぎない」と指摘する。
「彼らはSNSなどによって既存のテレビや新聞や書籍は消滅し、権威とは無縁にすべての人が平等に参加できる言論の“フラット化”が起きるなどと言っています。
しかし、依然として既存マスメディアは影響力を持ち、ネット上にはマスメディアが発信した情報が引用、コピーされています。自身で考えた論考は実は少なく、マスメディア報道の受け売りか、感情論を振りかざすだけのものが非常に多い。誰もが参加した結果、ネットが衆愚化したというのが実態です。ネットユートピア論者はそうした現実を無視して幻想を振りまき、一般の人をミスリードする“山師”のようなものです」
こうした批判に対し、津田大介氏は次のように反論する。
「私も、ネット上の言論で視野の狭い人が幅をきかせているのは事実だと思っています。ただ、そうした影の部分と同時に光の部分もあるし、両者のバランスがここ数年変わってきた。だからこそ今は光の部分に焦点を当てたい。
実際、2009年からSNSが予想以上の盛り上がりを見せ、社会を動かすような力を持ち始めたのは事実です。官邸前デモはそのひとつの象徴でしょう。7月30日付朝日新聞の記事によれば、官邸前デモ参加者の約4割がツイッター経由、全体の約8割がネット経由や口コミでデモの存在を知り、テレビや新聞経由だった人は1~2割程度しかいませんでした。
もちろんソーシャルメディアでも誹謗中傷やデマの問題はありますが、2ちゃんねるやブログが中心だった時代に比べればずいぶん健全化した。2ちゃんねるやブログにはいちどきに人が多く集まり、炎上しやすいのですが、ツイッターの炎上は質が違う。
しかも、バカなツイートばかりしている人間はフォロワーが増えないので影響力も小さい。つまり、ソーシャルメディアの時代になったことで『バカと暇人』の発言が目立たなくなった。この違いは大きいですよ」
『Twitter革命』(ソフトバンク新書)などの著者であるITジャーナリストの神田敏晶氏も「インターネットができてからまだ20年も経っておらず、使う人間のネットリテラシーが未熟。今後リテラシーが向上すれば、匿名による誹謗中傷やデマに左右されなくなる」と話し、ネットの将来に期待する。
※SAPIO2012年11月号