女性セブン10月25日号に掲載されている対談記事において、ふたり揃って熱愛宣言をした高須クリニック院長の高須克弥氏と漫画家の西原理恵子氏。出会いは10年前。当時はお互いに結婚相手がいる身でもあり、男女の関係を意識することはまったくなかったという。
西原氏は1996年に結婚し、1男1女をもうけたものの、アルコール依存症となりDVを受けるなどして大変な思いをした末に別れた夫がいた。そして、離婚から3年経った2006年、西原さんと高須さんの絆を深める出来事が起こる。修羅場の末に別れたにもかかわらず、離婚した夫ががんになり、西原さんに復縁を求めてきたのだ。
西原:この人(高須さん)はお医者さんだから、毎日会って、元夫のアル中やがんについてもいろいろ相談していました。本当、「医者がそばにいるといいなぁ~~~!」って思った(笑い)。だけど、命が残り少ないことがわかった元夫が、家に戻りたいと言ってきているという話をすると、「彼を迎えてあげなさい」って言われたんです。「彼のためでなくあなた自身のために。そうでないと後悔する」って。
元夫はアルコール依存症で、飲むと暴力をふるうので、私、殺されるかもしれないと、命からがら別れた相手。だから最初は、「命からがら逃げてきたのに、ヨリを戻せってどういうことなの?」って拒否してたんです。だけど、この人をすごく尊敬していたから、2週間くらいして言うとおりにして。
高須:だって、彼が悲惨な状態で死んでしまったら、子供たちにすごくトラウマ(精神的外傷)を残してしまうと思ったから。だから、わずかな期間だったら、彼が納得できるように面倒みてあげたほうがいいって言ったんです。
西原さんの実父も入退院を繰り返すほどのアルコール依存症だった。母は西原さんを身ごもっている間に実家に戻り、出産。実父は彼女が3才の時、一度も会わないままに他界した。7才の時に母が再婚。義父は西原さんをわが子のようにかわいがってくれたが、無類のギャンブル好きだった。莫大な借金を背負い、西原さんの美大受験の前日に首吊り死してしまう。
西原:この人のアドバイスのおかげで、元夫が亡くなるまでの最後の半年間は、家族が喧嘩せずに、子供と一緒にご飯が食べられるという生活が送れたんですよ。私も元夫もとんでもない育ち方をしたから、そういう家は初めてでした。だから、この人には本当に感謝してます。
西原さんの元夫は2007年3月に逝去。西原さんは未入籍のまま喪主を務めた。
高須:彼の晩年の映像を見たけど、幸せそうで、すごくいい顔をしてた。スティーブ・ジョブズみたいな(笑い)。ああ、よかったなって思った。
西原:私は自分の母親がいつも父親の悪口を言ってたのが嫌だったけど、この人のアドバイスがなかったら、子供たちに「てめえのオヤジは糞だった」なんて言って死なせていたと思う。いまだに「なんで私だけが、こんな思いをしなきゃいけないんだ」って愚痴言って。
この“負のスパイラル”から抜け出ることができたのはこの人のおかげ。最後の半年間、私たちは親の代よりちょっとはまともな家族になれたんじゃないかなって思う。父親がひっくり返って暴れてるところも見せたけど、結局、彼が亡くなった後、子供は「お父さん、偉かったね」って言ったんです。
高須:坊ちゃんもお嬢ちゃんも、すごくいい子に育ったしね。西原さんは「お父さんに似てくる」って半分いまいましそうにいってるけど、半分は嬉しいんだと思いますよ。息子さんのこと、すごくかわいいんだもの。
※女性セブン2012年10月25日号