この20年もの間、棋界をけん引し続けているのは、驚異的な実績を誇る羽生善治を頂点とする「羽生世代」の棋士たちだ。王位・王座・棋聖が羽生、名人が森内俊之、王将が佐藤康光、棋王が郷田真隆と、現在も7大タイトルのうち6つを「羽生世代」が占め、14歳下の渡辺明竜王が奮闘している以外、若手棋士は彼らの牙城を崩せないでいる。
羽生、森内、佐藤。「羽生世代」の中核をなす3人が10代の頃、切磋琢磨していた研究会が通称「島研」。その後の研究会ブームの先駆となった伝説的な研究会だ。原点を知る主宰者、島朗九段に「羽生世代」の強さの理由を、ルポライターの高川武将氏が聞いた。
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まだ奨励会にいた森内さんと佐藤さんを誘って研究会を始めたのが1986年の夏でした。当時、二人は16、17歳。私は23歳で六段でしたが元々一番志向がなく、満足しているところがあって(笑)。このままでは生き残れない、強くなるには優れた後輩の将棋を学んで、それまでとは違う感覚を身につけなければダメだと思ったんです。
翌年、森内さん、佐藤さんがプロ四段になり、既に15歳でデビューして勝ちまくっていた羽生さんに入っていただく。羽生さんは二人の目標でしたから、物凄く緊張感が増しました。勝負の世界は格が全てを決める。若いうちから認めさせあうことが大事なので、強烈なライバル心を感じましたね。
当時から彼らの将棋は天下を獲るだろうという予感がありました。勝つことは大事なんですけど、理路整然と勝つべきという、より将棋の真理を究めようという姿勢があった。
勝負師ですから勝負の匂いが前面に出ますが、若者特有のただ強くて荒々しいという感じはなく、少年ながらにも求道者のような気品を醸し出していた。それは後の3人のタイトル戦の感想戦にも現れてますよね。ただひたすら局面を静かに眺めて、局面が動かないまま進められていく。
旧世代の棋士も勉強はしていますが、人間の泥臭さで勝負する面が強かった。昔型の破天荒な棋士は物語としては面白い。でも、僕自身も、先輩の人生経験の厚みに圧倒され精神を消耗して勝てないと思わされるのではなく、純粋な勝負に徹すれば後輩でもいい勝負ができることを証明したかったし、彼らにもそうしてほしかった。
当初は、コピー将棋とか個性がないとか言われましたけど、僕は逆に、彼らほど将棋に個性が出始めた世代はないと思うんです。彼らは謙虚なだけでなく、若い頃から言葉の重みや怖さを十分知り尽くしていました。
実力勝負の世界ほど曲者になるのは人間関係です。やっぱり、相手に恨まれたら勝てないですよ。プロは皆、凄腕ですから、土壇場で頑張られてしまう。一人でも多く、この人に負けたらしようがないと思わせることが大事。長く勝ち続けるためにはどうするかということを、打算ではなく、自然に身につけていた。
中でも羽生さんがストイックだから、この世代はストイックな人が多いですよね。ただそれが、40歳を過ぎても続くとは思わなかったですけどね(苦笑)。人間、ストイックさというのは、いつか崩れていくものだと思っていましたが、全然、崩れない。
よく受験勉強などで数年間の努力とか、棋士も1日何時間研究しているとか言いますが、努力すること自体はそんな特筆すべきことではない。目標があって自分の力が伸びていれば、努力なんて何てことない。でも成果が出ないときこそ、人間、挫けていく。奨励会時代から30年、その努力が緩むことなく継続していることが凄い。受験生活を30年も続けているようなものですからね(笑)。
その根底にあるものは、負けたら終わりだと思ってる! その気持ちが全て。それしかないと思いますね。どんなにデータや情報が幅を利かせる時代になっても、人間がやる以上、古臭い言葉ですが将棋は最後は根性ですよ。
※週刊ポスト2012年10月26日号