最近、ノマドという言葉が流行っている。ダイヤモンド・オンラインではノマドをテーマにしたインタビュー連載が掲載され、佐々木俊尚氏、イケダハヤト氏などが登場している。だが、そこにも登場した人材コンサルタントの常見陽平氏はやや否定的な論調を持つことで知られる。同氏にノマドについて聞いた。
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今年4月、私が渋谷のカフェに入ったところ、隣で仕事をしていた若い男がパソコンの前で大声で話していたので静かにするよう注意したら口論になった。男の反論がふるっていて、「私はイギリスとスカイプ(インターネット電話)でやり取りしている」と言ったのだ。
「スカイプ」で「イギリス」なら他人に迷惑を掛けてもいいのか。店長に相談すると、信じられないことに私が席を移るよう求められた。カフェではいつから仕事をしている人間が最優先になったのか。最近、カフェにノートパソコンを持ち込んで仕事をする人をよく見かけるようになった。それもスーツ姿の会社員ではなく、カジュアルな服装でお洒落メガネの若者が中心で、半日くらい居座ってガッツリ仕事をしていたりする。
ネット社会では彼らを「ノマド」と呼ぶ(厳密にはその一類型だ)。本来の意味は「遊牧民」だが、固定のオフィスを持たず、カフェやコワーキングスペース、あるいは共同で借りたシェアハウスを仕事場とする人々を指す。それを特徴づけるのが、渋谷(IT系企業が多い)、スタバ、MacBookAirで、完全装備の“オレってノマド”な若者を目にすることも多い。
このノマドについて誤解があると思われる点は、何か企業社会を変える大きなうねりのように捉えられているところである。
私なりにノマドを定義すれば、「時間・場所・組織の束縛から逃れて自由に働く人」のことだ。ただの自由業かと思いきや、ノマドライフの提唱者のひとりでITジャーナリストの佐々木俊尚氏は、「会社員にもノマドはいる」と言い、精神的、ライフスタイル的に自由であればノマドと呼ぶようだ。とはいえ、実態としてノマドの主体は従来のフリーランスだ。
職種もライター、デザイナー、イベントプランナー、コンサルタントなどであり、特に目新しいものはない。「ロハス」の実像が「お洒落な貧乏」だったのと同様、もともとある職業や働き方をノマドと言い換えただけに過ぎないように見える。
ノマドが一般に知られるキッカケになったのは、今年春に『情熱大陸』(TBS系)が、ノマドワークの実践者として安藤美冬氏(32)を紹介したことである。彼女はセミナー運営などを手がける会社経営者であり、番組を見た限りでは何がどうノマドなのかさっぱりわからなかったが、現在もノマド提唱者としてご活躍だ。
安藤氏と並んでノマド界で知名度が高いのが、独自のニュースサイトを手掛けているイケダハヤト氏。彼は「会社はオワコン(2ちゃんねる用語で「終わっているコンテンツ」の略)」「ノマドになったら年収が増えた」といった言動で目立っている。要するに、会社という組織はもう終わりで、これからは働き方がもっと自由になり、ノマドたちの個と個のつながりから新たな価値が生み出されていくというような主張だ。
こうしたノマド礼賛者の言動をすべて鵜呑みにし、若者たちが無邪気にノマド化しているのだとしたら看過できない。私がノマドブームを危惧するのは、これがかつて見た光景にそっくりだからである。
1990年前後にもてはやされたフリーターについて、当時、『フロムA』はこう定義していた。「既成概念を打ち破る新自由人種。敷かれたレールの上をそのまま走ることを拒否し、いつまでも夢を持ち続け、社会を遊泳する究極の仕事人」。こういう言葉に煽られ、バンドや演劇で成功するという夢を追いかけ続けたフリーターたちが、いま30代、40代の非正規雇用・低所得層の一部になっている。
2000年頃には『とらばーゆ』が、「派遣で自由な暮らし」を提唱し、「サービス残業がない」「9時5時で帰れる」といった派遣のメリットばかり強調して煽った。しかし、今では派遣社員もその不安定なあり方が問題となっている。
大卒でも正社員として就職するのが難しくなっているのは事実だ。そこに便乗し、あるいは経営環境の厳しさも相まって社員を働かせすぎるブラック企業も増えている。就職できない、あるいは仕事が辛いという若者が増えているなかで、ノマドというお洒落で甘い響きを持ちながら、実際はフリーターと変わらない不安定な働き方を奨めれば、同じ過ちを繰り返す。
若いノマドワーカーのなかには、冒頭のスカイプ男のようにマナーを知らない者も多く、会社で何年か働いていればこうはならないだろうにと思わずにいられない。実力もないままノマドになってしまうと、仕事もろくにないという状態になる。
※SAPIO2012年11月号