尼崎連続怪死事件。主犯とされる角田美代子被告(64)が棲家とした豪奢なマンション近くにある飲食店のオーナー・Aさんは、店のイベントとして行なった金魚すくいの企画で角田被告と知り合った。そんなAさんは角田被告の家を訪れるに至ったが、角田被告の暮らしぶりについて、尼崎の下町情緒とはかけ離れた世界だったと振り返る。
「入り口にはスウェットを着た二人の屈強な“若い衆”が、ボディガードみたいな感じでずっと壁側に立っているんですよ。お預けされた犬みたいでしたね。
部屋に入ると思わず息を呑みました。高そうなアンティーク家具が設えられているんです。通された部屋はまるでおしゃれなバー。ネオンサインみたいな照明や、年代物のコカ・コーラの自販機もあるんです。ガラスケースにはバカラのクリスタルグラスが並んでいました。そのケースを指さして『全部で2億円はする』と自慢していましたよ。年代物ワインも揃っていた。見せたいものとはこれだったのかと思いましたね」
Aさんがマンションに滞在したのは3時間ほど。その間、ケータリングサービスで用意された総菜などを食しながら、角田被告と様々な会話を交わした。
「角田さんは『おばちゃんな、若い頃から中国行ってて雑貨の輸入をやってるんや』と語っていました。それで具体的にどんなことをやってるか聞くと口をつぐむんです。ただし、しきりに『会社をどないしようかな』とか『息子夫婦には任せられへん』みたいなことを呟いていましたね。その時はもしや僕に会社を任せたいのかなって。今から考えれば恐ろしいですが……。もしかして新たな獲物を探していたのかもしれない」
Aさんが恐れるのも無理もない。同事件では角田被告の甘言に惑わされ、多くの者が運命を狂わされた。
角田被告は「他に商売やりたいことないんか。おばさんに相談してみい」ともAさんに語っていたという。
帰り際、マンションの玄関口には“若い衆”が二人立っていた。Aさんが戸惑っていると、角田被告は「道あけんかい、何やっとんのや」と怒鳴り散らして、こう別れを告げた。
「また、いつでもおばちゃんちに遊びにきてくれや」
その後、Aさんが再訪する機会はなく、金魚すくいをやめると角田被告は店に姿を現わさなくなったという。Hさんはいま、“悪の館”に再び足を踏み入れなくてよかったと心底思っている。
※週刊ポスト2012年11月2日号