iPS細胞からつくった心筋細胞を重症の心臓病患者に移植したと主張したものの、そのほとんどが虚偽であることを認めた森口尚史氏の誤報問題。なぜ見抜けなかったのか、医師でジャーナリストの富家孝氏と元朝日新聞編集委員で医療ジャーナリストの田辺功氏が捏造疑惑の本質を語り合った。
富家:読売の第一報を見た時、山中教授のノーベル賞が決まった直後にこんな記事が出るなんて、あまりにタイミングが良すぎるなと思いましたね。本当だったら、これもノーベル賞ものですよ。驚いてすぐに森口氏の母校の東京医科歯科大の知り合いに問い合わせたら、「そんな人間はまったく知らない」という。狭い業界なのに、同じ大学の関係者が知らないのはおかしいなと思いました。
田辺:私がまずアレッと思ったのは、iPS細胞を山中教授と違う方法でつくったと書かれていたこと。山中教授のは前駆細胞に4つぐらいの遺伝子を導入する方法なのに、森口氏はたんぱく質を入れて生成したという。それも前代未聞で、事実なら大変なこと。本当に可能なのかと首を傾げざるをえませんでした。
富家:おかしい点はまだまだある。森口氏は医師ではなく、看護師の資格しか持っていなかった。最先端の臨床研究に看護師の資格で立ち会うなんて、医療の現場を知る人ならありえないとわかったはずです。読売の記者は、そこから疑わなければいけなかった。
田辺:私も同感です。そもそも読売の記者はこの“スクープ”を書く前に、森口氏が医師免許を持っているのか確認していなかったのでしょう。もし看護師の資格しかないとわかっていれば、その人が中心メンバーとしてこれほどの大プロジェクトを仕切れるわけがない。私の経験からいって、科学部の記者だったら、すぐにピンときたはずです。
富家:森口氏は、心筋細胞を「ドクドクしているヤツですね」と説明していますが、専門家ならそんな表現はしないですよ。
そのおかしさに気づかないほど記者の質の低下は著しい。最近は科学部の記者でも、医師と医学博士がまったく別物だということすら理解していない。医師は国家試験に合格して医師免許を取得した人。医学博士は大学院で学び、論文を作成し、それが医学部の審査にパスして「学位」を取得した人。医師でなくても医学博士にはなれるわけです。
ところが、医学博士イコール医師と思い込んでいる記者が多い。ある記者に「あの人は商学部を出て、医療経済を学んで医学博士の学位は取ったけど、医師ではないよ」というと、「えっ、そうなんですか」ときょとんとされたことがある。それまでずっと医師だと疑わずにコメントを求めていたようなんです。
田辺:それはひどい。私が新聞社の科学部にいたころであれば考えられなかったことです。
※週刊ポスト2012年11月2日号