【書評】『毒になるテクノロジー』
ラリー・D・ローゼンほか著、児島修訳/東洋経済新報社/2520円(税込)
【評者】角山祥道(ライター)
〈ナルシシズム、強迫神経症、依存症、抑うつ症、ADHD(注意欠陥/多動性障害)、対人恐怖、反社会的人格障害、心気症、身体醜形障害、統合失調症、覗き見趣味(窃視症)〉
現代の心の病とでも言うべきこうした精神的疾患が、実はあることによって引き起こされているという。本書ではそれを〈iDisorder〉と名付ける。「IT障害」とでも訳せばいいだろうか。スマホやネット、ゲーム機などのテクノロジーが脳や精神に多大な影響を与え、私たち現代人を病気にしているというのだ。
本書は、米国内の大規模調査をもとにした米国人心理学者グループによる詳細なレポートである。そこで記されている現象は決してアメリカだけで起こっているわけではない。
9月中旬に発表された文化庁の調査によれば、「口頭で言えば済むことでも、メールを使うようになった」人は全体の3割、「携帯メールの着信が気になって度々確認するようになった」人は5人に1人だという(平成23年度「国語に関する世論調査」)。これをIT依存症と言わずに何と言おう。
本書では、多数のIT中毒者の実話が紹介される。例えば、42歳のある男性は、冬山で家族と休暇を取っている最中、会社の携帯電話を紛失してしまった。そのためパニックになり、子どもの前で妻と丸一日口論した挙げ句、休暇を切り上げて帰宅し、携帯電話の販売代理店に行くことにした。休暇は滅茶苦茶、家族の関係は最悪になった。
本書はこうした行動を「強迫神経症」と説明するが、私たちは彼の行動を笑えるだろうか? 同じようなケースに遭遇したら、やはり同様の行動を取ってしまう人は日本にもいそうである。
ツイッター、フェイスブックなどのSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)も精神的疾患をもたらす。フェイスブックは今やユーザー数が8億人を超え、SNSの代表格になっているが、「いいね!」ボタンを押してもらえない、嫌なコメントを書き込まれるといったことが抑うつ症を引き起こし、一方、自分のことだけを書き込むあまり、ナルシシズムを誘発することもある。
ネットもメールもSNSも、私たちの仕事や生活をよりよくするために登場したテクノロジーである。しかしそれらが私たちを蝕み、心身を狂わせているのだ。では、あなた自身のIT障害の深刻度はどの程度だろうか? 本書には、それを自己診断するチェックリストがついている。一部を抜粋してみよう。
〈機器の傍にいないと、取り残されたような感覚(FOMO)を強く覚える〉
〈携帯電話の幻想振動(注・実際は振動していないのに着信を感じること)を感じたことがある〉
〈携帯電話やEメールをチェックできない場所には休暇に出かけられない〉
これらすべてに当てはまるとしたら重症であり、躊躇せず専門家に相談するようアドバイスしている。本書は警鐘を鳴らす。私たちは今、危機の真っ只中にある。このまま無自覚にITと戯れていると、やがて冒頭に列挙したいずれかの症状を発症させる、と。
では、どうしたらいいか。
答えは明快だ。スマホではなく、〈目の前にいる人と過ごす時間のことを一番に考えよう〉。
※SAPIO2012年11月号