【書評】『通貨戦争 崩壊への 最悪シナリオが動き出した!』(ジェームズ・リカーズ・著 藤井清美・訳/朝日新聞出版/2100円)
【評者】森永卓郎(エコノミスト)
オバマ政権発足直後の2009年3月、アメリカ国防総省の事実上の主催で、戦争シミュレーションゲームが行われた。ただし、軍事のシミュレーションではない。国際金融戦争のシミュレーションだ。本書の著者は、そのゲームに参加したウォール街の専門家だ。
金融が軍事力と同等、あるいはそれ以上の破壊力を持つことは、一昨年のギリシャ、昨年のイタリアをみれば明らかだろう。国債に売りを浴びせかけられたギリシャは、国債金利が20%以上に急騰して、国家破たんに追い込まれた。イタリアも国債金利が一時7%を超えて危険な状態になった。
重要なことは、ギリシャやイタリアが財政破たんで追い込まれたのではないということだ。特にイタリアは、昨年の基礎的財政収支がGDPの1.6%の黒字になっている。ギリシャやイタリアは、国際投機資本に弄ばれたのだ。
著者は、そうした単純な手口でアメリカがやられることはないと言う。もしアメリカ国債を暴落させようとする者がいたら、アメリカは即座にその口座を凍結してしまうからだ。ただ、金融面でアメリカが追い詰められるリスクは、高まっている。金融工学の発展にともない金融取引や商品が複雑化して、金融当局の監視が十分にできなくなっているからだ。
そうしたなかで、アメリカはQE3と呼ばれるリーマンショック後第三次の金融緩和に踏み切った。FRBの資金供給量は、リーマンショック直前と比べて、すでに3.1倍になっている。
ドルをジャブジャブに増やして大丈夫なのか。著者の答えはノーだ。世界経済は、いずれ大混乱に陥るが、それを防ぐ特効薬はない。著者は、できるかどうかを別にして、金本位制に戻すのが一番望ましいと考えている。金本位制というのは、1930年代に猛烈な世界デフレを引き起こす原因となった通貨制度だ。金融を知り尽くした専門家が、それでも現在よりもましだと考えるほど、いまの国際金融システムは、大きなリスクをはらんでいるのだ。
※週刊ポスト2012年11月9日号