【書評】『闘病記専門書店の店主が、がんになって考えたこと』(星野史雄/産經新聞出版/1365円)
【評者】北尾トロ(フリーライター・『季刊レポ』編集長)
おもしろいといってしまえば不謹慎になる。でも、この本に闘病記の暗さはあまりない。いい意味での開き直りと、ライフワークの達成に向かってひた走る、著者である星野さんの清々しい生き方が心に残るのだ。
本書では“がん、闘病”に二重の意味がある。
ひとつは、40才で乳がんが発見され、44才で亡くなった妻の闘病とそばで見つめる著者や愛犬の物語。乳がんについて詳しく知りたいという妻の要望に応えるべく闘病記を集め始めた星野さんは、彼女の死後、突き動かされるように収集を続け、とうとう闘病記専門の古書店『パラメディカ』を開業するに至る。
特殊すぎてそんなには売れないが、購入者の切実さは、やりがいを感じさせるに充分だった。
もうひとつは2010年になって、自分自身が末期の大腸がん患者になってしまうことだ。闘病記を探す人のために古書店を開いた本人が、闘病者となってしまうのである。『パラメディカ』は単なる古書店ではなくなり、闘病仲間ともいうべき人たちと著者がつながるライフライン的な役割さえ持ち始める。
大きな手術、抗がん剤治療、転移、“がん友”の死。いずれも深刻な内容だが、冗談も交えてむしろ軽い筆致。暗い本にしたくないという意思でもあろうが、2800冊もの闘病記を集めた経験から、何を書くべきかを考え抜いた強さを感じる。やるべきことを決めた人間の潔さが生む明るさなのだと思う。
星野さんは、がんに侵される前から思っていた。自分がいなくなれば『パラメディカ』もなくなってしまう。闘病記を必要とする人のために、刊行された全ての闘病記を集め、病名別のリストを作って残したい。その願いが都立中央図書館に誕生した“闘病記文庫コーナー”で実現され、いまでは全国各地の図書館140か所に、同コーナーが設置されているという。でも、これで満足するわけにはいかない。これまで集めたのは闘病記のごく一部に過ぎないのだから。
闘病記であり、闘病記ガイドブックでもある本書が他の本と違うのは、がん患者でなくても興味深く読める点だ。星野さんの生き方に背中を押され、読み込むうちにぼくの思考は、人生の残り時間や、本当にやりたいことは何かということに向かっていった。
※女性セブン2012年11月22日号