50年以上にわたって極東アジア地域の軍事的抑止力となってきた「日米安全保障条約」。それに胡坐をかいてきた日本。迫りくる中国の軍事侵攻に日米安保は機能するのか。元外務省国際情報局長の孫崎享氏が解説する。
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尖閣諸島問題に絡んで、永田町の一部でも対中国強硬論が勢いを増している。自民党の安倍晋三総裁を始め、政治家の強気発言の裏にあるのは「日米安保」の存在だ。だが、いざ尖閣で有事が起きた際、米軍は出動するのか。日米同盟は機能するのか。断言する。法に照らし合わせても、アメリカの思考を鑑みても、日米同盟は機能しない。
具体的に日米安保条約を見てみよう。第五条は「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動する」と定めている。
この「自国の憲法上の規定及び手続に従って」というのがクセ者だ。NATOの北大西洋条約と比べると、日米安保の特異性が浮かび上がる。こちらの条約の五条には、「条約締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃とみなす」とある。つまり、NATOの仲間への攻撃は自国への攻撃に等しい、と明確に言っているのだ。
日米安保の場合、そうではない。日本が攻撃されても、憲法上の規定、つまり議会に諮らねばならない。議会がNOならば米軍は動かない。
では実際、尖閣有事の際、米国はどんな判断を下すのか。実は、かつてカーター政権で副大統領を務めたモンデール元駐日大使が驚くべき発言をしている。
「米国は(尖閣)諸島の領有問題でいずれの側にもつかない。米軍は(日米安保)条約によって介入を強制されるものではない」(1996年9月15日NYタイムズ紙)
この発言に日本側は説明を求め、米国は「安保条約の第五条は日本の管轄地に適用されると述べている。したがって第五条は尖閣諸島に適用される」と公式見解を出した。だが、「尖閣諸島が安保条約の対象になる」ことと、「尖閣有事の際に米軍が出動する」ことがイコールではないことは前述の通りだ。
さらに小泉政権下の2005年10月に日米で取り交わした文書「日米同盟 未来のための変革と再編」では、「島嶼部(とうしょぶ)への侵攻への対応」は日本が行なうと明記されている。
中国が尖閣諸島に攻めてきた時は日本の自衛隊が対処する。ここで自衛隊が守れば問題ない。しかし守り切れなければ、中国の管轄地となる。その時にはもう安保条約の対象ではなくなる。つまり米軍には尖閣諸島で戦う条約上の義務はないことになる。
事実、アーミテージ元国務副長官は「日本が自ら尖閣を守らなければ(日本の施政下でなくなり)我々も尖閣を守ることができなくなる」(『月刊 文藝春秋』2011年2月号)と述べている。
中国との関係を重視する米国にとって、中国との戦争に利はない。仮に戦ったとしても、米軍が極東地域で限定された在日米軍しか使えないという制約の下では、米軍の方が不利である。
しかも、日本の米軍基地を射程とする中国の中・短弾道弾、巡航ミサイルで滑走路を破壊されれば、米軍の戦闘機は機能しない。利もなく、勝ち目も薄いとなれば、ますます米国議会は米軍出動を承認しないだろう。
米国にとって、在日米軍基地は日本防衛のためにあるのではない。あくまで世界戦略の一環だ。日本の国土防衛には役に立たない輸送ヘリ「オスプレイ」を導入したのも、そう考えれば理に適う。
米国が守ってくれる――そんな幻想を妄信し、未来への思考を停止する。これが今の日本だ。尖閣問題の悪化は、在日米軍基地の強化に利用されているに過ぎないことを私たちは知る必要がある。
※SAPIO2012年12月号