総選挙を前に増税論議が熱を帯びているが、またぞろ財源不足を賄う“切り札”として持ち出されそうなのが「たばこ税」である。この10年で3度も値上げされたたばこ価格。そのほとんどが税金で、国や地方自治体の財源として寄与してきたことは紛れもない事実だ。
「例えば410円のたばこ1箱の約6割が税金で、そのうち半分以上が国と地方自治体に入る財源として徴収されている。たばこによる税収は1980年代後半から今日まで年間約2兆円前後で推移しており、40数兆円ある国の税収全体から見ても無視できない」(全国紙記者)
それほど大事な財源にもかかわらず、厚生労働省は「健康増進」を理由に喫煙率の低下目標を定め、たばこ排除の方針を明確にしている。小宮山洋子大臣の「最低700円」発言をきっかけに、さらなるたばこ価格引き上げの旗振り役となっている。
喫煙者が減ればたばこ税の自然減は避けられないにもかかわらず、厚労省にとっては虎の子のたばこ税よりも高騰する国民医療費のほうが頭の痛い問題になっているのだ。そのため、たばこが原因の医療費支出分を喫煙者が負担するのは当然――との論拠がまかり通っている。
だが、「たばこを排除すれば医療費が抑えられるというのは、あまりにも短絡的で論点のすり替えと言わざるをえません」と断罪するのは、健康社会学を専攻する香川大学教育学部教授の上杉正幸氏。
「喫煙率は過去10年減少傾向にあり、習慣的にたばこを吸っている人の割合は2割しかいません。その一方、国民医療費は2011年度は約37兆8000億円で9年連続で過去最高を更新しています。それもそのはずです。ある病気が単一要因によって起こるわけではありませんし、医療費の高騰は医師の診療報酬や医療の高度化など、いわば産業として深く結びついた問題でもあるからです」(上杉氏)
2009年にはこんな論文も発表されている。慶応大学で医療経済学などを研究する河井啓希教授の指導の下、学生らが生命表分析に基づいて喫煙と医療費の関係について予測した。その結果、次のような結果が導き出されたという。
<生命表に基づく分析を用いて試算したところ、喫煙者と非喫煙者の間で100万円前後の医療費の差が確認できた。(中略)超過的に発生する医療費はたばこの価格が上がって喫煙率が下がるほど小さくなるが、生涯医療費を考慮した結果、その規模は非常に小さなものになることがわかった>(ISFJ政策フォーラム発表論文より)
そして、同論文では個々の研究結果を受けて「たばこ税の増税は税収の減少を社会損失の削減でカバーしきれないことから、総合的な評価としてはマイナスになる」と結論づけている。
もはや「困ったときのたばこ税」が通用しなくなったいま、値上げさえすれば喫煙率の減少、税収アップ、医療費削減が望めるという厚労省の目論見は完全に外れた格好となっている。
前出の上杉氏は、最後に医療制度そのものが抱える矛盾点を指摘した。
「いちばんの問題は健康を“お金”で判断していること。健康とは何かを現代社会は『病気をしてはいけない』と捉えています。もちろん病気をしたくないと思うのは人々の素朴な願いだとは思いますが、それが社会目標になり制度と結びつくとどうなるか。医療費はこうすれば上がる、こうすれば下がるという議論になり、『人生を楽しむ力』を弱めてしまうのです」
国が強烈に推進する「健康づくり」がかえって「健康不安」を煽り立て、不健康な世の中を築いてしまうようでは、元も子もないのでは?