「やっぱりか……」――その数字が報告された瞬間、NTTドコモの経営幹部はそう力なく呟いた。
電話番号を変えずにキャリア(通信会社)を乗り換えることのできるMNP(Mobile Number Portability/番号持ち運び制度)による顧客流出が、10月に過去最大の18万9800 件に上った。
ライバルのau(KDDI)とソフトバンクが扱う米アップルのスマートフォン(以下、スマホ)『iPhone5』が9月に発売され、その人気に押された形である。
ちなみに10月のMNPでは、auが15万2700件、ソフトバンクは3万7900件の転入超過だった。
10月の決算会見で、加藤薰社長は「iPhone5の影響は想定より強めに出ている」と語った。現場からも、「iPhone5はLTE(高速通信サービス)への対応から、いままでと比べてもジャンプ感が強かった」(ドコモ幹部)という危機感が出ている。
ならばドコモもiPhoneを売ればいい。同社は「条件次第ではiPhoneを扱う」(加藤社長)というスタンスではある。
だが、今のところ扱わないのは次の理由からだろう。
【1】アップルからの厳しい“販売ノルマ”により、商品ラインナップの主導権を奪われてしまう。仮にドコモがiPhoneを扱う際には、そのノルマは年間販売台数の半分近い500万~600万台になるとも言われる。
【2】au、ソフトバンクとの間で泥沼の過当競争に陥る可能性がある。
そして何より最大の理由は、次の点だろう。
【3】扱ってしまうとネットワークを提供するだけの会社(いわゆる“土管屋”)に成り下がってしまう。iPhoneでは、スマホのソフトにあたるアプリ配信やあらゆるサービスをアップルが行なっている。アプリ購入などのオンライン決済がアップルで行なわれると、ユーザーの“財布”まで握られる。
そうした理由から、「iPhoneなし」での闘いを選択しているというわけだ。
もちろん指をくわえて見ているわけではない。強力なライバルに対し、ドコモはいくつかの戦略で逆襲に打って出ようとしている。
その最大のものが、「総合サービス企業」戦略だ。単なる通信会社から脱皮しようという試みで、すでにドコモはテレビ通販「SHOPJAPAN」などで知られるオークローンマーケティングやタワーレコード、食材宅配サービスの「らでぃっしゅぼーや」に50%以上出資するなどしている。
通信料だけではなく、物販、金融・決済、デジタルコンテンツなどの分野で売り上げを伸ばしていく計画だ。前田義晃・スマートコミュニケーションサービス部ネットサービス企画担当部長が証言する。
「フィーチャーフォン(従来の高機能携帯電話)では、iモードによって多くのサービスを提供してきました。電話・メールといった基本的なサービスはもちろん、より生活に密着した情報を届ける仕組みが受け入れられたのです。
2年以上前から、そうしたサービスをスマホに移行させるシステム作りをしてきました。今後はスマホによる『生活行動支援』を発展させていく。端末が積極的にユーザーの生活をアシストしていくイメージです」
●取材協力/海部隆太郎(ジャーナリスト)、永井隆(ジャーナリスト)
※SAPIO2013年1月号