スポーツは秀でた選手だけのものではない。スポーツのすそ野を広げて日本を明るく元気にしたいというのは柔道家で、東海大学体育学部長の山下泰裕氏だ。同氏がスポーツを通じた国作りを語る。
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勝ち負けを追求するスポーツではなく、気持ちよく体を動かして汗をかき、できれば大勢の仲間と一緒に行動するスポーツを通してストレスを発散する。そうやって鬱屈した精神状態にある自分を解放することで明日への活力が生まれる。同時にフェアープレーの精神が身に付き、礼儀やマナーを知り、戦う相手を敬う精神が心に宿る。
チームの仲間と力を合わせてプレーし、相手の心を思いやりながら、一方では自分の意見をしっかりと伝える。意見が異なった場合には、真摯に議論を重ねて解決すればいい。そうすることで自然とコミュニケーション能力が培われる。
私たちスポーツの世界にいる人間が、そういう心の育成ができる「生涯スポーツ」の振興に努めるべきだ。
かつて、私は日本社会にはスポーツへの理解も敬意もないと不満を感じていた。それは政府や政治のせいだと考えていた。しかし、15年ほど前から考え方が変わった。それは私たちスポーツ家の責任ではないのか。私たちが自分たちの勝ち負け、メダルのことしか考えていなかったからではないのか。
もちろん輝かしい結果を残すことを追求するのをやめてはいけない。だが、その一方で、スポーツ界は、スポーツを通じて人々が生き生きと心豊かに生きていける環境を提供する義務があるのではないだろうか。幸いにも最近では、若い世代のスポーツ選手たちが、どうしたら日本社会の役に立てるのか自ら考えるようになった。
スポーツエリートだけで、メダル至上主義だけで、多くの人を巻き込める時代はすでに終わった。金メダルへの期待で社会からの協力が得られるのは発展途上国だけである。成熟した国家では、金メダル獲得以外の社会貢献をすることなしに、世間の賛同と支援は得られない。
国民のスポーツに対する関心、理解を求めるうえでオリンピックは重要な位置をしめる。オリンピックで金メダルを取ることと、生涯スポーツによって国民の心身の健康を取り戻すことはセットになっている。
スポーツから生じる感動が日本人の心の豊かさに直結する。これからのスポーツはそういう存在であってほしい。そのために私は「スポーツ省」の創設を提唱したい。競技を強化することだけが目的なのではなく、明るく活力のある日本と、芯の強い日本人の復活のためにスポーツの振興を担う。「スポーツ先進国・ニッポン」になるために必要なことである。
※SAPIO2013年1月号