学歴は武器、どころか足かせとなった。名だたる大学院を出ても非正規雇用、あるいは無職となってしまう者たちが続々と生まれている。そんな高学歴ワーキングプアの実態を『高学歴ワーキングプア』(光文社新書)の著者である評論家の水月昭道氏がレポートする。
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京都大学大学院で博士号を取得したAさん。30代前半で他の大学の授業を週に2科目担当する非常勤講師だが、同時に毎朝の「ゴミ収集アルバイト」も続けている。生活を維持できないからだ。
大学の非常勤講師は1科目を担当すると月4コマ(1コマ90分)の講義を行なう。報酬の相場は1科目3万円だから、Aさんは月収6万円。生活費に加え、資料代や研究費などの経費まで自己負担するため、アルバイトせざるを得ない。「超高学歴ワーキングプア」といったところだろうか。
こうした非常勤雇用は私大に多く有名大学で半分、中には7割に達するところもある。大学全体でも正規雇用(教授、准教授など)17万人に対し、ポスドク、文系非常勤講師などを含めた任期つき非正規雇用は5万人程度で、ほとんどは任期1~3年。その他に非正規の働き口さえない者が5万人程度いるとされる。
発端は1991年に当時の文部省が始めた大学院重点化政策にある。21世紀には修士、博士の必要性が高まるとの予測のもとで始まり、1991年に10万人だった修士・博士は2011年には約26万人まで激増した(平成23年度 学校基本調査より)。
問題は“出口”が用意されていなかったことだ。例えば今、博士が大学教員として正規雇用されるかは、研究実績よりも「ポストに空きがあるかどうか」という要素が強い。院生を増やしても、上の世代がポストを空けなければ行き場はない。また、ユニーク学科の相次ぐ設立で大学側が教科ごとに正規教員を抱える余裕をなくし、非常勤講師を増やしていく流れとも重なった。
こうして大学院重点化以降、特に文系の修士や博士となった40代前半から30代前半までが分厚い高学歴ワーキングプア層を形成しているのである。
大学を離れ、民間企業に就職しようにも彼らの活路は開けない。修士・博士の称号は民間就職にはむしろ足かせとなる。新卒一括採用、年功序列賃金を温存する企業にとって、「学部卒と同じく就労経験はないのに、年齢は上なので高い給与を払わなければならない存在」である修士・博士の採用は敬遠されるのだ。東京大学の大学院博士課程修了者の就職率はたったの56%。文系修士でも75%だ。
文科省は修士・博士のキャリアサポートに乗り出し、企業とのマッチングを行なっているが、状況が改善する兆しは見えない。そもそもこうした施策が取られた背景には、少子化で学部への新入生が減少する中で「大学院生を増やして食い扶持を維持したい」という大学側の思惑がある。これからも新入生は減少を続ける。だから大学側は院生の数を適正化しようとしない。格差の底辺に突き落とされる高学歴プアは増加を続けることになる。
※SAPIO2013年2月号