大阪市立桜宮高校バスケ部、そしてロンドン五輪柔道女子代表と次々に起きた指導者による教え子への体罰問題――。いま日本はスポーツ界のみならず、学校、職場など至る現場で暴力的な行為が横行し、“パワハラ列島”と化している。
実はパワーハラスメントの定義ははっきり法律で定められているわけではない。厚生労働省ワーキングチームの見解に倣うとこうなる。
<同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為>
「要は立場が上の人によるイジメですよ」と話すのは、労働問題に詳しいウェール法律事務所の石井逸郎弁護士だ。もちろん殴る・蹴るといった腕ずくの暴力で相手を服従させるのは論外だが、例えば職場でありがちな部下への叱責や暴言といった「精神的な攻撃」もパワハラ行為に該当することが多い。
「よく上司が部下を叱るとき、『お前が一人前になるように厳しく指導しているんだ!』という人がいますが、それは言い訳に過ぎず“愛情あるパワハラ”なんてあり得ません。多くのケースは上司が自分のストレスを発散させているだけです」(石井弁護士)
パワハラは部下が苦痛を感じて訴えなければ認定されない。しかし、普段何気なく冗談のつもりで行っている言動も、立派なパワハラに当たることを上司は自覚しておく必要がある。
事実、昨年に厚労省が実施した調査でも、過去3年間でパワハラを受けた従業員の割合は4人に1人という結果が出た。つまり、何らかの苦痛を感じながら働いている人が多いのだ。以下、3つのパワハラ事例について、石井氏に解説してもらった。
■「お前はバカか。こんな仕事もこなせないなら単なる給料泥棒だ」
「バカ」「アホ」といった言葉は、相手の人格や尊厳を否定していることになります。また、「給料泥棒」、「お前なんかいなくても同じ」との暴言は、相手に雇用不安などを与えます。
■部下を机の前に立たせて1時間叱り飛ばす
程度の問題もありますが、上司が座ったまま、部下は立ったままの状態で1時間も叱責するのは、明らかに常軌を逸しています。会議室にでも場所を変えて、双方が座って冷静に議論を戦わせればいいだけです。
■遅刻やミスばかりする部下に対して、部署の皆の前で叱責する
いくら部下が怠慢で能力がないとしても、皆の前でそれを論い叱責することは許されない行為。本来なら会社のルール(就業規則や評価制度)に則って、極めてドライに処分するべきでしょう。
「こんなことぐらいでパワハラ扱いされたらたまらない」と、部下への指導を投げ出したくなる上司も多かろう。では、上役や管理者はパワハラで訴えられないためにどんなことに注意すればいいのだろうか。
「ひとえに『上から目線で人を見ない』こと。親しき仲にも礼儀ありで、いまの日本人は気軽に上からモノを言い過ぎですし、暴力的な雰囲気が蔓延しています。70年代、80年代は企業の国際競争力を上げるために、そうした体育会系的な人材でもっていた面は否定しませんが、これからは変化が求められる時代。
上司は自分の言うことに黙って従わせていればよかった時代から、社員一人ひとりを独立した人格として尊重し、自主性を持たせる気風に変えていかないと、企業組織ひいては日本経済は強くならないことを、もっと認識すべきです。
日本の柔道がオリンピックでメダルを取れなくなったのも、今回のような時代錯誤のパワハラが行われていたからに他なりません。結局、スポーツ、企業、学校、家庭、みんな同じ構図なのです」(石井弁護士)
サッカー評論家のセルジオ越後氏は、「熱血指導と体罰は紙一重で、それを美化する人もいる。従わせる教育というのは、国際的にはなかなか理解されない文化だ」と言及している。強権を振りかざして相手の潜在能力まで失わせてしまうなら、確かにそれは教育とは呼べないし、悪しき文化と断罪されても仕方ない。