幾多の歴史と感動を伝えてきたスポーツ中継。フリーのアナウンサーとしてCSなどでスポーツ実況をしている元テレビ愛媛アナウンサーの住田洋さんが、「人間国宝に指定して欲しい」という実況名人アナウンサーと、中継媒体が増殖するなかで求められる実況について語る。
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アナウンサーにとって一番怖いのは“黙る”ことです。とても勇気がいります。それなのに、野球中継で9回裏ツーアウト満塁の大チャンスでも、ずっと黙って試合映像に入り込ませる実況アナウンサーがいます。元NHKの島村俊治さん(71)です。
島村さんは、1988年ソウル五輪での鈴木大地さんなど、金メダル実況を3回もされている大先輩です。70歳を過ぎていらっしゃいますが、声は20年以上前と変わりません。今もCSなどで耳にする実況は、バスケットボールのようにスピーディな反応が求められる競技でも、年齢も古さも感じさせません。そして、絶妙のタイミングでぴったりの内容を喋るのです。まさに名人で、人間国宝に指定してほしいと思っています。
直接、島村さんから指導された経験がある先輩の話によれば「その競技をたくさん見なさい」と言われるそうです。よく分からなくても、練習でも試合でも、とにかく多くの時間を割いて見ること。そして競技をよく知ることが大事だとおっしゃるそうです。
競技をよく知ることは、実況アナウンサーにとってますます必須の素養になるでしょう。というのも、スポーツ中継は地上派、BS、CS、インターネット放送、そして2月からJ SPORTSでも始まったPC、スマホ、タブレット向けのオンデマンド放送と、ますます多チャンネル化しているからです。
新しいメディアでのスポーツ中継が増えれば、新しい視聴者層が生まれます。新しい手段を使ってまで中継を見てくださる皆さんは、競技の知識が豊富な人です。その人たちが満足するような中継を私たちは目指します。実況アナウンサーにも、これまで以上に豊富な知識と丁寧な取材が求められます。
いま痛感しているのは、英語と、競技データをまとめるためのエクセルがないと仕事が進まないということです。欧州ラグビーなどの実況準備に、英語は欠かせません。そして、選手やチームのデータをエクセルへ入力しては、試合に合わせて抽出します。さらに、試合映像をひたすらコマ送りして選手の顔を覚え、名前をスラスラ言えるようにします。読みにくい外国人選手の名前を簡単そうに言うのは、気持ちいいですね。
スポーツは人生の縮図です。スターもいれば地味に支える人もいて、ベンチに入れない人、応援団など様々な立場の人がいます。中継を見ている人は、大半が縁の下の力持ちであって、スターではない。だからこそ、華やかなスターにあこがれるのでしょう。
自分について考えても、やっぱりヒーローじゃない。ヒーローにもあこがれますが、個人的に親しみをおぼえる地味な存在の選手も気になるので、どちらも取材してデータも集めます。そして、普段はなかなか詳しく取り上げられない地味な存在の人が活躍したときには、しっかり伝えます。実況アナウンサーの仕事っていいなあ、と感じる瞬間のひとつですね。
実況を担当して4シーズン目になるラグビーにも、サッカーと同じように4年に1回、ワールドカップが開催されます。次回は2015年にイギリスで、その次は2019年に日本で開催予定です。世界最高峰の試合を、ぜひとも実況したいと思っています。
現在、五輪はテレビ局のアナウンサーでなければ実況できないのですが、昨年のロンドン五輪から、パラリンピックはフリーアナにも担当する機会ができました。未来はどうなるかわかりません。五輪実況のチャンスが巡ってきたら、ぜひ、私も実況したいと願っています。
■住田洋(すみだ ひろし) 1974年生まれ。大阪府出身。テレビ愛媛に10年半勤務したのち2009年からフリーに。J SPORTSラグビー実況、前橋競輪中継司会、全国高校野球選手権大会栃木県大会(とちぎテレビ)実況などスポーツに限らず、『夕なび 湘南~横浜』番組内の「ざっくぅ対決」コーナーでは、子どもとゆるキャラ”ざっくぅ”のPK対決実況も。バレーボールのC級審判資格を持つ。趣味はトライアスロン、鉄道の旅。株式会社ジョイスタッフ所属。