CGを用いて作る特殊映像、VFX(Visual Effects 視覚効果)は今や、映画やドラマに欠かせない。今年のアカデミー視覚効果賞ノミネート作品を見ると「アメイジング・スパイダーマン」や「ダークナイト ライジング」のように、ひと目で作り物だとわかる空想世界を描いたものがある一方、どこまでが実写なのか区別がつかない「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」のような作品もある。VFXが身近になったことがよくわかる一例だ。
その「ライフ・オブ・パイ」でVFXを担当したリズム&ヒューズ・スタジオ(R&H)が、アカデミー賞の授賞式を前にして連邦倒産法第11章、日本でいう民事再生法を申請した。1987年に創業し、1995年にアカデミー視覚効果賞を受賞した「ベイブ」をはじめ、「ナルニア国物語」などで生き生きとした動物を描写してきた名門スタジオである。
「堅実に仕事をしている老舗工房だと思っていたのに、そこですら倒産するようでは、僕らの仕事の先行きが不安になりますよ」と業界関係者も驚きを隠さない。
この数日前には、スピルバーグが創立したドリームワークス・アニメーションが最大500人規模で従業員を削減する可能性があると報じられた。ドリームワークスは報道について何もコメントしていないが、ふたつのニュースを合わせて、アメリカなら安定してVFXの仕事がある時代は本格的に終わりをむかえたのだ、という悲観的な分析も飛び交っている。
背景には、2000年ごろから米国で問題視されてきた映像製作の空洞化現象が横たわっている。空洞化とは、米国向けに公開・放送された映画・テレビ映画の海外で製作される割合が急増していることを指している。米国以外で製作する理由としては、人件費など単価が安いことと、税制優遇措置があげられている。
積極的に誘致策をとっているカナダ、英国、オーストラリアに対抗して、米国でもカリフォルニアなどいくつかの州が税制優遇措置をとりいれているが、以前のような隆盛を取り戻せていないのが現実だ。VFXスタジオも同様で、ひと昔前はハリウッドの近くに工房を置くのが有利と言われていたが、映像新聞社の布施悟さんによれば、作業そのものを地理的に近い場所で行う必要はなくなっているという。
「高速ネットワーク環境が整った今では、アーティストやクリエーターが世界のどこにいるかではなく、どんな技術を持っているかで仕事が決まります。また、VFXスタジオは工場を経営するようなもの。大きな仕事のためにコンピュータも人材も常に新しい投資をし、それを続けないと仕事のチャンスをなくす。絶えず仕事と設備投資をしなければ回らないのが実情です。そのため、最近は中国やインドから出資を受けているところが多いですね」
実際に、1993年にジェームズ・キャメロンらが創立し「タイタニック」などで三度のアカデミー視覚効果賞受賞歴があるデジタル・ドメインは、2012年9月に倒産したあと、中国の北京小馬奔騰とインドのリアイアンス・メディアワークスによって買収された。前出のR&Hも、インド資本による買収が検討されていたと言われている。
本拠地を米国に置くVFXスタジオも経営努力をしてこなかったわけではない。カナダやロンドン、インドなど、人件費や税制優遇措置が得られる地域にサテライトスタジオを置くなどして工夫してきた。ところが、優遇措置を理由にプロジェクトの発注価格が下げられ、それでも仕事をしなくては倒れてしまうため受注するチキンレースと自転車操業が続いているのだという。
利益率を下げるチキンレースの一因は、人件費などコストが安い国の技術力が高まっていることも理由のひとつだと、日本で仕事を続けるVFXクリエイターは言う。
「関わっているのはハリウッド大作でなく小規模な仕事ですが、インドや中国だけでなく、フィリピンやベトナムなど様々な地域とデータをやり取りするのが今では当たり前。彼らの技術も上がっているし、価格が安いからライバルです。でも、中国では“割れ物”と俗に呼ばれるクラックされた違法ソフトウェアを使って設備投資を安くしている疑惑がある。こちらは正規製品で仕事をしているんだから、価格競争で勝てるはずがない」
この先、VFXで大きなプロジェクトに関わりたいなら、インドでも中国でも、ベトナムでも迷わず飛びこみさまよえるフットワークの良さが重要な資質のひとつとなりそうだ。
日本時間25日午前9時から生中継もされるアカデミー賞だが、華やかな舞台の裏側で、ハリウッド映画のビジネスモデルは、大きな転換点を迎えている。