アベノミクスで世の中がどこか浮き足立つ一方で、ハローワーク通いを続ける人たちもいる。彼らの中には、もはや家すらも持たずファストフード店で夜を明かす人たちも少なくない。作家の山藤章一郎氏がリポートする。
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歌舞伎町一番街に足を踏み入れた。個室ビデオで時間をつぶし、午前2時、マクドナルドに入った。3階のイートインスペースで20人ほどが、テーブルに突っ伏している。中高年もいる。チノパンにパーカーの20、30代もいる。足許に、バックパックやキャリー。ワンドリンクで一夜の平安を確保した者たちである。
格子柄のネルシャツの男の左隣りに坐った。汗と体臭が店内の暖気に掻き立てられて右手から臭う。突っ伏したおでこを乗せた手の甲から指先を無数のヒビが割っている。水を使う仕事か。厚労省の発表では、非正規労働者はこの25年で、約1000万人増加した。若年層の12人にひとりが失業し、所得、消費、貯蓄の格差が飛躍的に広がっている。
ネルシャツがぐたっと折っていた首を持ち上げた。臭気が動いた。「3時過ぎですよ」声をかけた。「あん、はい」それから半睡のまま、ネルはいくつか応えた。
「ムギョウ状態で……セックスする気も起きないすよ」
「ハローワークに行かないの?」
「ハロワ? ブラックうじゃうじゃ。また使い捨てられ、ウツにさせられ、死にに行くみたいなもんすからね」
「コーヒー飲みますか」と訊くと頷きかけて、ヒビの手を振った。「つうか、食うもんありがたいす」ネルは礼もいわずにチーズバーガーハッピーセット440円に、かじりついた。食いながら10日前まで働いていた甲州街道沿いの店の話をした。ネルはバイトだった。見ている前で、店長が地域担当マネージャーに罵倒される。
「なんだこの売り上げは、しっかりやれオカマ」
あるとき店長から怨み口を聞いた。「去年1年、1日も休みなかったんだ。本部への報告、他店オープンの応援、しょっちゅう突然、人が辞める、その補充。休日出勤残業代もほとんどつかないし」
〈さんまの塩焼き〉〈ボジョレヌーボー〉季節ごとに〈強化商品〉が搬入され、店長はそれを自腹で買い、売り上げの悪い商品を毎日、思い切り食べた。から揚げ、たこわさび、チャンジャ。ある日、店に応援の社員が来た。来るなり怒鳴りまくった。
「トロトロすんなや、ボケ」若い社員の髪をつかんでフライヤーに顔面を押しつけた。「こらあ、顔、揚げるぞ、お前の」
バーガーを食い終わったネルは言い足した。
「32歳までこんな状態で働いて。いつでも死ねます」
※週刊ポスト2013年3月8日号