アベノミクスに浮き足立つ経済状況下、一方では、職を求めてせっせとハローワーク通いを続ける人も少なくない。彼らは果たして「職を選んでいる」のだろうか? 作家の山藤章一郎氏がリポートする。
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朝9時半、新宿駅西口。バスターミナルを見下ろす〈エルタワー〉23階の〈ハローワーク新宿〉。行列して順番カードを受け取り、席につく。〈IT〉のカテゴリー〈情報サービス業〉を検索する。782件がヒットした。これほど求人があるとは。しかも、学歴、経験不問。 仕事はいくらでもあるじゃないか。
さらに〈飲食サービス業〉を検索した。855件。〈印刷〉をペンタッチする。足許のプリンターから、〈○○寿司〉の募集要項が出てきた。
「正社員 雇用期間定めなし 59歳以下 給料28万~38万円」
夢のような厚待遇である。信じていいのか。就職サポートコーナーで訊くために、長椅子に坐る。髪を七三にわけそろえた40半ばの男が順番待ちをしていた。話しかけてみた。以下、この七三男の話、大要。
──ここには、2か月通っている。仕事がいくらでもあるように見えるのは、あらゆる職種、雇用形態が網羅されているから。ドヤ街の日雇い労働も出てくる。さらに、〈リクナビ〉など民間サイトは2週間で最低でも18万円かかるが、ここは掲載料、無料。労働ルールの劣化で人が常に辞めていく企業が多い。だから常に求人しなければならない。
「でも実際には採らないよ。私は履歴書30数通出して、返事7通だけ。妻がパートに出てるけど、子どもふたりいるからね。ブラック企業でもなんでもいいから働きたいんです。まあIT志望で。だけど、もう心は折れてます。でも、ここに通いつづけてるんです。いつも思うんです。ビアスの『悪魔の辞典』」
「だけど」と「でも」の行き戻り、七三は言葉を交わす相手を待っていたのか思いがけず、話しこんできた。『悪魔の辞典』は、諧謔とユーモアの人生箴言集である。
「あれのハローワーク版ですよ。『夢と熱意の人材を求めています』は酷使してポイ捨てすること。『経歴、学歴不問』も捨てゴマ。『がんばりに見合う報酬を保証します』は、とにかく営業の数字をあげろ。求人数が多いのは、離職者が多い。社員がやたら若いのは、年齢があがるとクビ、ということ。常時募集、好条件、厚待遇は、実は残業代なし、休日なしの過労死に至る激務で、これも使い捨て」
※週刊ポスト2013年3月8日号