安倍首相がアベノミクスを掲げて経済再生を唱えても、現状では街のハローワークに連日多くの人が詰めかけている。そうした場所に通う彼らはいかなる人生を歩んできたのか? 作家の山藤章一郎氏がリポートする。
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池袋サンシャイン庁舎3階のハローワークに足を伸ばしてみた。20代後半のヒゲを生やした男に声をかけた。ヒゲは飲食チェーンで店長だったと明かしてから、言い継いだ。「吊るしたロープのこの手を放したら、一気に陥落する気分の毎日ですよ」
壁、ドア、いたるところに紙が貼ってある。「あとをつけて執拗に勧誘する人がいるので注意してください」ヒゲが低声で教えてくれた。
「歩合制の保険の販売員の人さらいに、生命保険が来てんですよ。不安定な労使関係だからハローワークに登録できない。出口で待ち構えてるんです」
ヒゲが携帯をつないでくれて、翌日、剥げた革ジャンに会った。60人規模の新宿のIT企業の〈野良電波〉社員だった。
ネットには、Q&Aのサイトがある。『ヤフー知恵袋』がその代表。このQに「最近オススメの美容整形外科はどこでしょう」と書き込む。そして自分で答える。
「○○美容クリニックがオススメですよ。安いし、腕もバツグン、私は二重顎を矯正しました」
だが複数回、送信すると、アドレスが特定される。そこで〈野良電波〉を渡り歩く。革ジャンのエリアは中央線。朝9時、立川から会社に「現着しました」とメールを送る。そこからノートパソコンを手に電波をさがして歩く。LANのアンテナマークが反応すると、Q&Aの偽装メールを打ち込む。1日、これを30~40箇所でやる。冬は日暮れが早い。
「田舎道で突っ立ってぱちぱちやってると、本当に気分が落ち込んでいくんです。でもやらないと帰れない。必死でした」
〈野良〉だけではない。〈埋め〉もやっていた。
「A美容整形クリニックの手術で顔面神経痛になった」と2ちゃんねるにスレッドが載る。 スレッドは書き込みが1000件になると、過去ログ倉庫に移され読めなくなる。それをめざして、Aクリニックが隠したい情報を「腹減った」「いい天気だ」など無意味な書き込みで埋めていく。
革ジャンのIT企業での仕事とはそういうものだった。手取り20万円。1日、歩きっぱなしで帰宅すると報告書づくり。しかも違法スレスレの業務である。部署の名は〈風評被害対策室〉。
※週刊ポスト2013年3月8日号