一般用医薬品のネット販売を規制している省令に対し、取り消しを求めてケンコーコムとウェルネットが厚生労働省と争っていた裁判で、今年1月に最高裁は違法と判断した。
これをきっかけに一般用医薬品のネット販売が事実上解禁になったが、続けて海外の大衆薬も自由に利用できるようになるべきだと、大前研一氏は実体験をもとに日本の歪んだ薬事行政を指摘する。
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一般用医薬品(大衆薬)のインターネット通販を厚生労働省が「省令」で規制したのは違法だとする最高裁判決が出たことで、薬のネット販売が事実上“解禁”になった。
ただし、薬の場合、ネット販売に対する規制緩和を本当の意味で患者の利益につなげるためには、海外の優れた大衆薬を日本人が自由に利用できるようにしなければならない。
実はケンコーコムの後藤玄利社長は、私が主宰している起業家養成学校「アタッカーズ・ビジネススクール」の卒塾生なので、私は彼に海外の優れた大衆薬について研究すべきだと何度か提案している。
というのも、私自身、講演や大学の講義などで今も世界中の国々を訪れているが、海外にはOTC(Over The Counter/カウンター越し)で買える優れた大衆薬が山のようにあるため、それをいつも日本に持ち帰って服用しているからだ。
たとえば、今や日本人の多くが悩まされている花粉症には、米メルク社製「クラリチン」を常用している。この薬を服用すると、私は24時間、症状が治まる。アメリカやカナダなどではドラッグストアで普通に売っているが、日本では医療用医薬品なので病院に行かなければ入手できない。
これらの薬の用法・用量や副作用ついては、もちろん個々人がきちんと調べておく必要がある。しかし、いずれも海外ではドラッグストアで簡単に手に入る大衆薬であり、私と家族が実際に使って効き目を実感している良薬だ。それがなぜ日本では大衆薬にならないのか? 医師や薬剤師の利権と深く関係しているだろうことは容易に想像がつく。
たとえば、治らなくても生命にかかわることのない花粉症や胃潰瘍などは、医者がノーリスクで安易に儲けられる疾患だ。薬がなくなれば、患者は必ず病院にやってくる。「クラリチン」が大衆薬になったら、医者は“金の卵を産むガチョウ”を失ってしまうのである。
また、日本では健康保険が手厚いため、大衆薬を買うよりも安上がりな医療用医薬品に頼るという患者側の問題もある。大衆薬を服用して寝ていれば治る風邪、頭痛、胃痛、二日酔いなどで安易に病院に行く。しかし、これは日本だけの現象である。
海外では、その程度の症状は病気とみなされず、病院に行ったら追い返されるのがオチである。日本は他国に比べて医薬品のマーケットに占める大衆薬の割合が小さいのだが、その理由がここにある。
今後はそういう歪んだ薬事行政を改め、世界の先進国で普通に売っている大衆薬は、日本でも大衆薬として簡単に手に入るように検討すべきである。今回の薬のネット販売に対する規制緩和を機に、偽造品の排除や安全性を確保する仕組みを整えつつネットによる大衆薬の輸入販売を合法化し、医療業界の利権構造に風穴を開けることが重要なのだ。
これから日本はますます医療や社会保障にカネのかかる時代になるが、そうすることで安易に病院に行く風潮をなくしていけば、莫大な社会保障費の抑制にもつながるのである。
※週刊ポスト2013年3月8日号