オホーツク海に面する人口1万人ほどの漁師街、北海道・湧別町。昼までの春らしい陽気が一変し、大雪が降り始めた3月2日午後3時過ぎ、漁師の岡田幹男さん(享年53)は、学童保育に通うひとり娘・夏音ちゃん(9才)を迎えに、自宅から6km離れた児童センターへ車で向かった。
自宅と児童センターの送り迎えだったため、岡田さんは薄手のジャンパーをはおっただけの軽装で家を出てしまったという。漁師という職業柄、天気を読むことができるという岡田さん。児童センターに着くと、先生や親たちにこう言った。
「今日は酷い天気だから、早く帰ったほうがいいよ」
上下スキーウエアの夏音ちゃんを車に乗せ、帰り道を急いだ。だが、雪は彼の予想を超えて、激しさを増していった。帰り道の景色が、いつもと違っていた。雪で視界が遮られ、どこが車道かさえもわからないほどだった。
岡田さん父娘を乗せた車は、児童センターから約4km離れた場所で、道路脇にあった雪の吹きだまりに突っ込んでしまう。岡田さんは知人に、「車が動けなくなった」と助けを求め、消防や警察が捜索を始めたが、難航を極めた。
エンジンはかかるものの車は動かない。車内で救助を待とうにも、ガソリンが少なく、暖房も長くは使えない。何より、恐怖と寒さで凍える夏音ちゃんを早く安心させてあげたい。そう考えた岡田さんは、夏音ちゃんを連れて、近くの知人宅に避難しようと車を降りて歩き始めた。
この時の最大風速は20.1mで、気温はマイナス6℃。風速が1m増すと体感温度は1℃下がるといわれていることを考えると、その寒さは想像を絶するものだっただろう。
風が強くて息をすることすら難しい。そんな過酷な状況下でも、岡田さんは夏音ちゃんを抱きかかえて、一歩ずつ前へと進んでいった。
数時間後、岡田さんがやっとの思いでたどり着いたのは、車から300m先の牧場倉庫。だが、入り口の扉には鍵がかかっていて、中に入ることはできなかった。吹雪は岡田さんの体力を奪い、もう一歩も歩けない。朦朧とした意識の中、彼は、ある決意をする。
「この子だけでも守る」
着ていた薄手のジャンパーを脱ぎ、夏音ちゃんに着せると、雪が少しでも入ってこないように、両手で強く覆いかぶさるように抱きしめた。それから約10時間もの間、父は、祈る思いで娘を抱き続けた。
翌3日午前7時、警察官がふたりを発見。岡田さんの脈はなく、すでに死後硬直が始まっていたという。
「ふたりの上半身は雪で埋まっていたのですが、夏音ちゃんが窒息しないように小さい穴が掘られていたんです。岡田さんは娘を温めながら、顔に積もった雪を必死で振り払っていたんです。それを見た救急隊員は、岡田さんがどれほど必死で娘を守ろうとしていたのか、胸がつまる思いがしたそうです」(消防関係者)
父の命と引き換えに守られた夏音ちゃんは、凍傷だけで済み、奇跡の生還を遂げたのだった。
※女性セブン2013年3月21日号