シュッとひと吹きすると、香りと共に霧状に広がる醤油。ありそうでなかったスプレー醤油が密かなブームを呼んでいる。仕掛け人は「醤油ソムリエ」の称号を持つ一人の青年だった。
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いまは福萬醤油で醤油ソムリエとして活躍する大浜大地氏(32)は、異色の経歴の持ち主である。中学卒業後、ニューヨークへ単身留学。帰国後、国内の高校を卒業してITベンチャーを立ち上げ、スペインで買い付けたオリーブオイルをインターネットで販売する事業を立ち上げた。
その後、オリーブオイル買い付け先のスペインで興味をひかれた醤油について独学で学び、新ビジネスのアイデアを知人に相談した。すると、その斬新な発想に知人がほれ込み、すすめられて150年の歴史を誇る福萬醤油の看板を継ぐことになった。
目指したのは香りを楽しむ醤油だった。そのために醤油をスプレー容器に収めようと考えた。国内で製造されるスプレー容器を片っ端から集め、醤油を入れ吹き付けてみた。初めは霧状になるが、使ううちに吹き出し口に醤油に含まれた塩分が固まり、詰まってしまう。スペインの調理師も指摘していた問題だ。
調理に使っても手入れが必要になるのでは一般には受け入れられない。
大浜はカリフォルニアまで容器探しの旅に出た。米国は主に化粧品の容器としてスプレー容器が普及しているスプレー大国。きっと詰まらない容器があるはずだ――。
この狙いはズバリ的中した。米国に塩分でも腐食しない、ステンレス合金を用いたスプレー容器が存在したのだ。醤油もナノメートル(0.000001ミリ)の特殊フィルターでろ過処理を行なった。これで、長く使っても粒子が詰まることはない。
理想の容器を手に帰国した大浜は、『スプレー醤油』という従来にない醤油を商品化。「SOYシュッシュッ」(福萬醤油 80ミリリットル 525円)が誕生した。同時に江戸時代から続く福萬醤油を醤油の販売と、醤油に関わるメニューを出す飲食店に改装した。
地元の組合に所属する一軒一軒に醤油醸造を手がけたいと挨拶回りすることも忘れなかった。多くの人から「面白いことを考えるね~」と歓迎される。大浜はこれまでの地元の油市場を壊すつもりはないと、通販や卸す店舗もスーパーなどにとどめた。
『醤油スプレー』は発売と同時に主婦層に大いに受けた。1回押せば1ミリリットル。使う量も必要最小限にとどめることができ、経済的で塩分の取りすぎも抑えられると評価されたのだ。
■取材・構成/中沢雄二
※週刊ポスト2013年3月15日号