今春、スギ花粉に加えて、PM2.5という名前の物質が中国からやってきていると話題だ。大陸から海を渡ってやってくる汚染物質は、PM2.5だけではない。それらの影響で退色、腐食した姿になっている鎌倉大仏の様子を、作家の山藤章一郎氏がリポートする。
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元は屋根つきだった。一度は台風で倒壊し、2度めは500年ほど前、大津波にさらわれた。爾来、鎌倉・長谷の大仏さまは直射日光と酸性雨を浴びっぱなしの露座におられる。鎌倉から江ノ電で3駅目、快晴の1日、外国人カップル、中年女性の群れを掻き分けて、高さ13メートルを越す阿弥陀如来坐像に拝した。
大仏殿のない剥きだしの大きな仏は青空を背に、やや猫背の姿勢を保ち、膝で両手を組んでいる。上瞼に瞳を隠して瞑想し、仰ぎ見る者を慈悲で迎えてくれた。かつては金箔が貼られ、黄金色に輝いていたという。だがいまの黯(くろ)ずんだ姿は痛々しい。緑青や白い錆が浮き立つ。額も脂汗をかいたように黯い。
大仏さまを特徴づける大きな福耳から顎のラインも傷みが目立ち、形、輪郭そのものが崩れているように見える。顔や胴の、なんどにも分けて鋳造された跡がCTスキャンの輪切りみたいに浮きだしている。
経済成長をつづけた日本列島の負の遺産である。そしてこれから、偏西風に乗ってくる隣国の〈汚染〉は、大仏さまたちをさらに無残にさらす。係の人が教えてくれた。
「津波で家を失い、それから750年ずっと露天で坐わりつづけておられるのです。
私は着任してまだ数年ですので、黄砂や酸性雨による目に見える変化は分かりませんが、中国からの汚染物質でこれからさらに、退色、腐食するのでしょうかね」
※週刊ポスト2013年3月8日号