介護問題を背景にしたミステリー小説が話題になっている。第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作「ロスト・ケア」(光文社)だ。著者の葉真中顕さんに聞いた。(インタビュー・文=フリーライター神田憲行)
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本作品はある地方都市で起きる介護老人の不審死の謎を、主人公の検事が追っていく社会派ミステリーである。介護問題だけでなく格差や裏社会の存在などが、語り手が次々と交代していく多視点で重層的に語られていく。受賞は選考委員の満場一致で決まった。
--介護の問題を取り上げようと思われた理由はなんですか。
葉真中顕:祖父の介護を経験したことがきっかけです。介護について私もそうだったように、ほとんどの人が、制度の仕組みも知らないで生活しているのではないでしょうか。でも介護は不意打ちでやってきて、突然当事者になります。深刻な問題で答えを出すことは難しいのですが、あえて正面から挑んでみようと思いました。これは私が想像したフィクションですが、読者の世界でもあると考えています。
--小説では2006年に起きたコムスン事件(訪問介護大手のコムスンの不正が発覚し、最終的に分割譲渡された事件)がモデルになっていますね。
葉真中:親戚がまさにあの事件の最中にコムスンのサービスを利用していたんです。そのときにメディアで語られる理解と、現場で働いている人たちが直面している問題にだいぶ開きがあるなと思いました。確かにコムスンは不正をしていましたが、バッシングの洪水の中で、なぜそういうことになってしまったのか、現場の仕組みを追究する意見が埋もれてしまった印象です。
社会問題はただ「悪者」を捕まえて「ちゃんちゃん」と問題が終わるわけではありません。そこから初めて問題の複雑さが立ち上がるのです。
--なぜ「ちゃんちゃん」で終わるのでしょうか。
葉真中:カタルシスで区切りをつけたいという気持ちは誰にでもあるのだと思います。でも、ネットなどであとから蒸し返されて、掘り下げて議論されてることもありますよね。私もかつてブログを書いて(注・葉真中さんはかつて罪山罰太郎という名前の人気ブロガーだった)ましたが、ネットは既存メディアでは届かないところまでバサッといける、よく切れる包丁という面がある。その分、既存メディアでは相手にされないようなデマが拡散したりもするのですが。
--葉真中さんの実際の介護経験や、取材したなかでは、介護でなにがいちばん大変でしたか。
葉真中:肉体の辛さもありますが、徐々に相手とコミュニケーションが取れなくなっていくのが辛かったですね。
「認知症は感謝の言葉から奪っていく」という言葉があります。良かれと思ってやったことを、相手から罵倒されることもある。感謝してほしいとまで思わなくても、なじられるのはさすがに参りますよ。
私はそういうときに助けになるのが社会だと思うんです。家族が支えきれない負担や痛みを社会が「仕事」として請け負う。誰か特定の人に押しつけるのでなく、社会で共有して負担していく。そもそもこれが介護を制度化することの意義だと思います。
--しかし小説のなかでも指摘されているとおり、介護の現場では人手が足りず、うまく回っていません。なぜでしょう。
葉真中:根本的には支え手の数が少ない人口問題なのでしょうが、業界の仕組みや現場で働く人の待遇面にも問題がありそうです。介護で働く人の年収は同世代と比較すると100万円以上少ないと言われています。しかも仕事の内容は肉体労働であり、感情労働です。「介護の現場で働く人は景気が良くなると減る」と言われるのも、もっともです。今の介護業界はあちこちにガタが来ているボロ車で全力疾走しているようにも見えます。
--介護問題の処方箋を葉真中さんとしてどうお考えですか。
葉真中:やはり全体で上手く負担を分け合うこと、社会の寛容さだと思います。コムスン事件の話につながるのですが、誰かを悪者にして解決する世界観ではなく、この社会に生きているみんながプレイヤーとしてちょっとずつ負担を分け合う。
ただこう言うと「心の問題」にすり替えられがちですが、それは違う。人の心は状況で変わり、なんだかんだ言って、カネ、つまり経済に支配されています。今日より明日の生活がマシになるだろうという期待感や安心感が、人を優しく寛容にするのです。だから、しっかり経済を駆動させなくてはいけない。結局カネかよと言われそうですが。いや、大抵のことは結局カネなんじゃないでしょうか。それを無視して「愛がない」とか「日本人は劣化した」とか、「心の問題」を語って悦に入るのは、マスターベーションですよ。
私は別にカネを万能とは思いません。確かにカネで解決しない問題はあるでしょう。でも、「国民をマインドコントロールして『正しい心』を植え付けよう」というのよりは「経済をよくして再配分の仕組みを整えて状況をマシにしよう」という方がずっとまともだし、結果も出やすい。介護に限った話じゃないですが、社会問題の根本的な解決は簡単じゃありません。でも少しずつマシにしてゆけることは、たくさんあるんだと思います。
【プロフィール】
葉真中顕(はまなか・あき):1976年東京生まれ。2009年児童向け小説「ライバル」で角川学芸児童文学優秀賞受賞。コミックのシナリオなどを手がけながら、本作品でミステリー作家としてデビュー。