東日本大震災発生から2年。多くのメディアが被災地・被災者の復興の努力や苦悩を描いている。しかし、メディアが取り組むべき問題は他にもある。大混乱の中で検証不可能な情報が錯綜し、津波や原発事故の苦しみに直面した人々の不安を駆り立てた。そうした“センセーショナルな報道”の「その後」を追跡した──。
朝日新聞で続いている大型連載「プロメテウスの罠」は、原発事故の真相に迫り新聞協会賞を受賞するなど評判を呼んだが、2011年12月2日付の「第9回 我が子の鼻血 なぜ」は別の風評を生んだ。
〈東京都町田市の主婦、有馬理恵(39)のケース。6歳になる男の子が原発事故後、様子がおかしい。4カ月の間に鼻血が10回以上出た。30分近くも止まらず、シーツが真っ赤になった〉
周囲の母親たちも同様の症状を訴えており、心配になった主婦は、広島で被爆体験を持つ医師に相談し、〈広島原爆でも同じような症状が起きていたこと〉を説明された。
〈放射能の影響があったのなら、これからは放射能の対策をとればいい。有馬はそう考え、やっと落ち着いた〉
記事には〈こうした症状が原発事故と関係があるかどうかは不明だ〉とあるが、読者が普通に読めば、「原発から遠く離れた町田市で放射能の影響とみられる鼻血の症例が現われている」――と理解するところだろう。ではその後、町田市の子供たちはどうなったのか。市に問い合わせた。
「当時、放射線量の測定を求める相談は多数ありましたが、具体的な健康不安の相談はそれほどなかった。子供が鼻血を出して心配だという電話は数件あったと覚えているが、いまはなくなった」(同市保健企画課)
さらに、町田市内の耳鼻咽喉科にも問い合わせたところ、ほとんどは「聞いたことがない」とのこと。唯一、「増えた」と回答した医院があったので、その医師に聞くと、「この時期はアレルギー性鼻炎などの影響で鼻血を出すお子さんは多いんですよ」との説明だった。
大阪大学サイバーメディアセンターの菊池誠教授は、「本当に鼻血が増えたという報告はないし、鼻血の原因もいろいろあり得る。鼻血や下痢をするほど放射線被曝をしたらそれだけでは済まないはずで、鼻血だけなら被曝とは関係ないでしょう」と説明する。
※週刊ポスト2013年3月22日号