「鯛」といえばお祝いに書かせない日本人の国民食。とくにこの季節は「桜鯛」と呼ばれ、とくに美味しいとされる。その鯛を日本一食べるのが熊本市だという。なぜか。食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。
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「桜鯛」という言葉がある。まさに桜のこの季節、浅瀬にやってくる鯛のことだ。5月の産卵シーズンを控え、脂がのっていて、釣り人垂涎の魚。祝いの席には欠かせない、まさにハレの日の “国民魚”と言ってもいい存在だ。
この鯛を、意外と日本人が食べていない。2012年の総務省家計調査によれば、鯛を購入するための世帯あたりの年間支出は、全国平均で856円。サク取りした鯛、1パック分と言ってもいい金額だ。とりわけ東日本では日常的に鯛食の文化がなく、北関東以北で、全国平均を上回っているのは889円の秋田市のみ。他は軒並み200~300円台にとどまっている。
一方、西日本に目を向けてみると、この傾向がガラリと変わる。とりわけ九州の鯛食っぷりは尋常ではない。1位の熊本市で2952円、2位北九州市2493円、3位長崎市2428円。文字通り東日本とはケタが違う。続く4位は四国の松山市1912円、ようやく5位に1859円で京都市が滑りこんだ。
それにしても、九州人は本当に鯛が好きなようで、上記以外にも福岡、佐賀、大分、鹿児島で年間1000円以上、鯛が購入されている。確かに博多あたりでは、地元の小さな食堂でも鯛茶漬けを供しているし、中洲には鯛茶漬け専門店まであるほどだ。しかし、熊本市は福岡市(1789円)の1.6倍以上も食べている。何がそこまでの差を生むのか。
熊本と九州の他都市との大きな違いを探っていったところ「鯛めん」に行き着いた。熊本では、明治・大正の頃から100年以上、祝いの席で「鯛めん」と言われる料理が供されてきた。
「(鯛は)皮目に切り目を入れ、醤油、砂糖で味をつけて煮る。そうめんはゆでて、鯛の煮汁にしいたけやこんぶのだし汁を加えてさっと煮てから、大皿に鯛とともに盛り合わせ、しいたけも一緒に飾る。この鯛めんは集落の婦人たちがそのつくり方を受け継ぎ、結婚式当日準備にかかるものである」(『聞き書 熊本の食事』農文協)
この料理がつくられていたのは、旧・馬見原町(1956年の合併で蘇陽町に。2005年の合併で山都町に町名変更)という小さな町だという。港から数十km離れた集落でも、鯛は身近な食材だった。
現在の「鯛めん」は茹でたそうめんに煮汁のみをかけ、鯛をともに盛ることは減ったという。ハレの食事が日常に近づくにつれ、より簡素で食べやすい形になったと考えられる。ちなみにこの「鯛めん(鯛そうめん)」は愛媛、広島、岡山といった瀬戸内にもあるという。
家計調査の数字の推移を見ると、この10年で鯛を食べる地域ほど、鯛の購入金額が大きく減っている。しかしそんななか熊本の家庭は何かにつけて、鯛を買ってきた。
日常の文化に溶け込み、家庭に根づいた食のコシは強い。たぶん、そうめんよりも。