今、中学や高校の教室内には「見えない地位の差」がある。同学年なのに“上下”のグループ分けが出来上がり、全員がそれを受け入れる。「スクールカースト」と呼ばれるこの差別的な悪しき文化はどのようなものなのか。話題書『教室内カースト』の著者である気鋭の教育社会学者・鈴木翔氏が解説する。
* * *
「『下』には騒いだり、廊下で笑ったりする権利が与えられていないんです」
高校時代、自分が下位グループだったという女子学生は、生徒のグループごとに上位・普通・下位のランクがあり、ランクに応じた「権利」が決まっていたと語る。
「下」は「上」の主張に異議を唱えられない。授業中にいきなり先生に話しかけていいのは「上」だけ。行事などの準備が面倒くさければ「上」は帰れるけれど「下」はダメ……。そんな暗黙のルールがあるという。
「下」が廊下で騒いだりすれば「上」から目を付けられ、教室内でお喋りをするなどの「今ある些細な権利」すら奪われかねなかったと、この女子学生は振り返った。
同学年で対等なはずなのに、「あの子たちは『上』で、あの子たちは『下』」という序列を生徒たちが認識・共有する。これを「スクールカースト」と呼ぶ。2000年代後半に教室内で下位グループだった子供たちがインドのカースト制度になぞらえて鬱積する不満をネット上に書き込んだことで広まった言葉だとされる。
彼らはクラス内でお互いのグループを「1軍、2軍、3軍」「A、B、C」などと呼び合う。
スクールカーストの陰湿な点は、地位の差がいわゆる「購買でパン買ってこい!」といったシーンのように露骨に表出しないところにある。だから教師ら大人には把握しづらい。聞き取り調査では、「下」が「上」の反応を“予期”して行動していることがわかる。
例えば、放課後の掃除は雑巾がけや箒、机移動など分担作業で、教師から見ればそれぞれ自らやっているように映る。しかし、つらい真冬の雑巾がけは、下位グループの生徒が引き受ける。「お前が雑巾をやれ」と「上」から指示されるわけではなく、あくまで自発的に、自分の役回りであることを予期してやるのだ。
女子高生の場合、化粧する子も少なくないが、「下」は自分が化粧して「上」から目をつけられないかを考え、相応しくないと判断すれば、したくてもやらない。
何か行動を起こす際に不利益になる可能性を予期する人たちがいることによって、強い権力構造が成立する。スクールカーストでは、「上」の顔色を窺い、「下」の生徒はやりたくないことでも進んでやるようになる。“地位”に見合った行動を取るようになるのだ。
努力しても序列の逆転は不可能に近い。クラス替えを契機に「イケてるキャラ」に変わろうとしても学年で情報は共有されていて、すぐバレる。そもそも、一生懸命努力することはカッコ悪いという意識があり、キャラを変えようと容姿に気を遣って“イメチェン”に必死になる姿は嘲笑の対象とされるのだ。
※SAPIO2013年4月号