物価の優等生と言われる「卵」。家計調査で消費支出額でもっとも大きいのが奈良市だ。なぜ奈良で卵がよく食べられるのか、食文化に詳しい編集・ライターの松浦達也氏が解説する。
* * *
第1位、奈良市。最新版となる、2012年の総務省・家計調査の平均消費支出金額(総世帯)での「卵」の順位だ。年間8216円と全国で唯一8000円の大台に乗っている。
なじみのある「卵」という食材でも、都道府県ごとにその消費支出金額を見ると、思いのほか開きがある。例えば卵への消費支出が少ない宮崎や徳島などは4500円程度にとどまっている。1位の奈良は、その2倍近い金額の卵を買っているということになる。
奈良の県産品を見ても、大量に卵を消費するような加工食品はとくに見当たらない。では何がこれほど卵の消費支出を押し上げているのか。奈良県の出身者に聞くと「玉子丼はうどんのセットのイメージ」(42歳・女性)だという。
確かに奈良のうどん屋では、最近東京ではとんと見かけなくなった「玉子丼」の存在感は大きい。とある有名うどん店のメニューでは天丼や親子丼、カツ丼などをさしおいて、玉子丼が丼物の一番上にどっかと居座っている。他にも、「セット」となると玉子丼が出てくる店は少なくない。
他の奈良県出身者に聞いてみると「親子丼やカツ丼をよく食べていた」(49歳・男性)、「卵とじうどんや、つくしの卵とじはよく食卓に上った」という人も。いずれも「卵でとじる」という共通項がある。卵のような日常の素材は、ふだんの食事にこそ反映される。
実は、奈良以外の近畿地方の都市も「卵」には強い。二位の和歌山(7897円)以下、堺(7793円)、京都(7157円)、大津(7013円)、神戸(6954円)、大阪(6702円)など近畿の各都市はいずれも全国平均の6659円を上回っている。
歴史をひもといてみると、近代養鶏は名古屋を拠点として発展したという。1944年に発刊された『日本養鶏史』には当時の養鶏事情について以下のような記述がある。
「尾張一円に広がり、三河地方に及んだ一方、京阪地方にも入ったことは明らかであつて、それは明治二十年代の名古屋地方の養鶏家、京阪地方に移住する者は、概ね薄毛系統のものを持参したことによつても明瞭である」
明治期にはほとんどの鶏は採卵用として育てられた。明治中期から卵に親しみ続けてきた近畿地方の人々にとって、卵がさまざまな形で生活に根ざしているのはごく当たり前のこと。
生きるものすべてに「旬」はある。ちなみに現在流通する卵のほとんどは無精卵だが、卵がまだ有精卵だった頃には早春が旬だった。そう、もう「名残り」の季節なのだ。