いよいよ始まるTPP交渉。貿易自由化の面だけではなく、安全保障・防衛問題とも密接に絡んでいるTPPだが、報道は貿易自由化にばかり焦点が当てられているのはどうしてなのだろうか? ジャーナリストの長谷川幸洋氏が解説する。
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環太平洋連携協定(TPP)の交渉参加に向けて、日本と米国の事前協議がまとまった。日本は参加意思を表明済みなので、合意自体は織り込み済みのプロセスである。多くのメディアは「日本が譲歩した」といった調子で報じた。米国が輸入する自動車関税の撤廃時期を後ろ倒しするのを容認したからだ。
読売新聞は「(日本が)遅れて参加を求めたために一定の譲歩を余儀なくされた面もある」(4月13日付)と書いている。これはやんわりとしたほうだ。朝日新聞はずばり「高い『入場料』を払わされることになる日本にとって、交渉に参加する意義はかすんでいる」(同)と批判してみせた。
だが、どちらも基本的な点でバランスを欠いているのではないか。そもそも貿易自由化の面だけでTPPを評価するのは無理がある。TPPはアジア太平洋地域の安全保障・防衛問題と密接に絡んでいる。その評価が見えない。
TPP参加国は自由と民主主義、市場経済、法の支配といった価値観を共有している。だが、中国や北朝鮮はそうではない。中国を封じ込める必要はないが、両国を隣に抱える日本にとって、TPPは間違いなく安保防衛の強化に役立つはずだ。
つまり日本にとって、TPPのメリット・デメリットは貿易自由化と安保防衛の両面で考えるべきなのだ。そういう視点からみると、各紙の報道はあまりに貿易自由化の側面ばかりに偏っていた。安保防衛上の意義を強調した安倍晋三首相の発言に触れたのは、朝日新聞と東京新聞くらいである。
TPP報道が貿易自由化の側面に偏るのは、いくつか理由がある。まず記事を書くのが経済記者たち中心である。経済記者は「安保防衛の側面がある」と分かっていても「そこはおれたちの仕事じゃない」と割りきっている。そういう取材もしていない。だから記事に出てこない。それが一つ。
もっと根本的には、安保防衛面でTPPに切り込むと日本の立ち位置に触れてしまう。深入りすると、日米同盟に対する評価にまで踏み込まざるをえなくなる。「それは避けたい」という気分があるのではないか。
はっきりいえば「安保防衛で米国の世話になっているから、通商問題では譲歩せざるをえない」という現実にメディアがどう立ち向かうのか、という問題である。私は尖閣諸島をめぐって中国と鋭く対立し、北朝鮮による核ミサイルの脅威も現実化している中で、ある程度の妥協はやむをえないと思う。もともとTPPでの関税撤廃は10年計画でもある。
記者たちは「安保防衛を考えてないのか」と言えば、一人ひとりに思いはあるだろう。だが、ずばり「譲歩はやむをえない」とか、逆に「米国の保護などいらない」などとは言いたくない。そんなことを言ったら、右から左から批判が飛んでくるからだ。
それで「触らぬ神にたたりなし」とばかり、微妙な話には触れないという姿勢になる。わずかに朝日が社説で「意義と効果は経済面にとどまらず、政治・外交面にも及ぶ」(4月13日付)と及び腰で触れたくらいである。
公平のために言えば、毎日新聞は短く「対中国・北朝鮮で米国と連携を保つためにTPP参加は不可避との声が強かった」という政府関係者の声を紹介した(同)。本質はここだ。
もともとTPP参加表明に慎重だった安倍政権が参加に向けて動き出したのも、2月の日米首脳会談で北朝鮮の核危機対応を話し合ってからだ。TPPはその一環である。メディアも自分の立ち位置をはっきりさせるべきだ。
※週刊ポスト2013年5月3・10日号