毎年大学の入学シーズンになるとバカ売れする名著がある。時代を超えて売れる本と書店について、作家で人材コンサルタントの常見陽平氏が考える。
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今回は、出版業界について話します。時代を超えて残る本について考えてみたいと思います。
新学期がやってきました。突然ですが、大学の新学期っぽい光景といえば何でしょうか?入学式、サークルの勧誘、新入生歓迎コンパなど色々あるわけですが、もう1つ、忘れてはいけない新学期っぽい企画があります。それは大学生協の教科書販売、新入生向け書籍販売です。これらの本を大量に販売するために、プレハブの仮設販売所を作ったり、教室を借りたりして展開します。レジもいつも混み合っています。
この教科書販売、新入生向け書籍販売ですが、自分の履修科目関連の買わざるを得ない本以外も眺めてみると、実に楽しいです。というのも、その分野を学ぶ上で読むべき本がわかりやすく並んでいるからです。「こんな面白そうな本があったのか!」という驚きがあります。まあ、いかにも教授が自分の本を売りつけているという光景もありますけどね。
特に私が注目しているのは、毎年、この時期になると売れる、時代を超えた本、大学の入学生向けの文章ガイド本です。それは、木下是雄氏の『理科系の作文技術』(中公新書)です。1981年に発売されたこの本は、私が学生の頃も、そして今も、毎年春になると大学生協でバカ売れする本なのです。東大や早慶の売上げランキングでも、ベストテンに入ります。
「理科系」とありますが、学術的な文章を書く上での(いや、ビジネス文書をはじめ、広く文章を書くために)、意識するべきポイントが、実に的確にまとまっています。この本は、大学生協だけでなく、広く売れていて、現在、70回以上の重版がかかり、90万部をこえるベストセラーになっています。おそらく10年以内に100万部をこえることでしょう。大学の先生に取材しても、いまだに論文などを書くための参考書としてあげられる本です。
ちなみに、この本を出している中公新書は、私の解釈では、昔も今も、硬派な、次の世代に残る本を出している新書レーベルです。硬派な新書レーベルと言えば、岩波新書が挙げられますが、ただ岩波の場合、昔からやや軽い本、柔らかい本の比率も高いのですよね。中公新書の場合、2001年の3月に中公新書ラクレというレーベルを立ち上げています。このレーベルで時事的かつジャーナリスティックなテーマを、やや端折って言うと柔らかいテーマを扱っています。
最近では大村大次郎氏の『あらゆる領収書は経費で落とせる』が19刷16万部、続編の『税務署員だけのヒミツの節税術』が14万部でシリーズ累計30万部となっています。他にも猪瀬直樹氏の『言葉の力』(3万部)早坂隆氏の『「世界のジョーク集」傑作選』(2.6万部)津田大介氏の『動員の革命』(2.5万部)などのスマッシュヒットがあります。このようにレーベルを分けることによって、役割をより明確にしているのがいいですね。残る本を創る姿勢を評価したいです。
同様に評価したいのは、大学生協という「奇跡の書店」です。良著を、毎年丁寧に売っているなと感じます。出版界の悪循環を上手く断ち切っていると考えます。
おかげさまで、著者デビューしてから今年の9月で6周年になります。著者になることは幼い頃からの憧れだったわけですが、それなりに良い思いもしつつも、がっかりすることもよくあります。出版業界の嫌な部分、暗い話を日々見聞きしつつ、生きています。
せっかく一生懸命に本を書いても、売れるかどうかはわかりません。いや、たいていは書店に並んだかと思いきや、1ヶ月もすれば消えていきます。もちろん、新刊期間で結果を残せなかったからに他なりませんが、とはいえ、その1ヶ月だけで本のことを判断されるのもいかがなものかと思います。売り場から消えると、そもそも売る機会すらなくなるわけです。
そんな状況だから、業界全体でどんどん新刊を出すわけです。私もおかげさまで、仕事はたくさん頂いているのですが、書いた本がすぐ消えると思うとブルーになります。とはいえ書かなければならないわけで、忙しくなるわけです。「最近、雑になってないか」という趣旨のご指摘を何人かから頂いたのですが、そうならないように本人は努力しているものの、とはいえ、刊行ペースが増えるとそうなっていく部分はありますよね、はい。いや、悪循環そのものです。書いた本を大切に売ってくれる書店はないかなと思う今日このごろです。
中公新書のように残る本を創るレーベル、大学生協のように丁寧に本を売る書店はもっと評価されるべきだと思うのです。