安倍政権発足から4か月、「アベノミクスで景気回復!」と煽ってきたメディアがどうも最近大人しい。それもそのはず、最近発表された経済指標は、どれもアベノミクス効果を覆すものばかりだったのだ。
著書『リフレはヤバい』でアベノミクス批判を行なった小幡績氏(慶応義塾大学准教授)と、黒田東彦・日銀総裁の元同僚でもある志賀櫻氏(元財務省主計官・東京税関長)。経済政策を知り尽くした2人の財務省OBが、「アベノミクスの正体」を冷静に解析する。
小幡:安倍首相やブレーンの浜田宏一氏らの主張は、「円安になって為替が弱くなれば輸出企業が儲かる」というものですが、4月18日に発表された貿易統計を見れば2012年度の貿易収支は8兆1700億円という過去最大の赤字です。赤字はもはや定着しており、輸出より輸入が多いのだから、日本は円安で損をしています。輸入原材料や食品も値上がりし、原発が止まって化石燃料費が増大しているので、電気代も上がります。
志賀:経済学的にいって、経常収支黒字と国民の貯蓄は必ず同じものとなる。貿易赤字というのは、国民の貯蓄が減っていることになります。国債も国内だけでは消化できなくなります。
──浜田氏は「アベノミクス効果は論より証拠だ」といっていたが?
小幡:アベノミクスによる実体経済への影響は円安がすべてですが、円安でも輸出は上向いていません。この3月も、輸出額は1.1%微増したものの、数量ベースでは前年同月比9.8%マイナス。円安でも輸出は伸びず、円換算の企業の利益が増えるだけで、数量が伸びなければ生産も雇用も増えることはない。
志賀:労使交渉では、少しでも利益が増えた分だけ賃金に回せという主張が出ていますが、それも難しい。事実、春闘による賃上げ額は前年比わずか67円にとどまりました。
小幡:賃金の上昇よりも正規雇用などの長期安定性を求める人々と、それを守る会社側ということで、ボーナスで調整する企業が多少あるだけで、賃金水準は上昇しないと思います。
志賀:輸入品が値上がりするだけで賃金が上がらなければ、生活が苦しくなるだけでデフレ脱却とはいえない。金融緩和しても実体経済がついてこないのは「凧紐(たこひも)理論」といって昔からの常識です。
凧紐理論とは、凧紐をコントロールすることで凧が風に吹かれて高く飛んでいくのを抑えることはできるけど、風のないときに凧紐をいくら引っ張っても飛ばすことはできないということ。凧紐が金融政策のことで、つまり金融政策はインフレを収めるのには役に立つが、デフレには効かないということです。
小幡:アベノミクスでさまざまな経済指標がよくなっているというんですが、そういう数字はアンケート調査の雰囲気指標ばかり。実際に企業が設備投資したかというと、民間設備投資や機械受注は依然としてマイナスで、4月に経産省が公表した鉱工業指数(鉱工業製品の生産動向指標)も下がり続けている。よくなったのは株高で沸く証券業だけ。企業経営者も馬鹿じゃないから、ムードに流されて投資するわけがない。
志賀:お金を上からヘリコプターでばら撒いても投資先がなければ、マネー・ゲームに向かうだけです。
小幡:ただ、メディアはアベノミクスを礼賛してきましたが、流れが変わりつつあるのを感じます。私は反リフレ派で有名になって、いろんなところで排除されてきましたが、最近はさまざまな媒体から声がかかる(笑い)。この4月1日から小麦や紙、保険料などいろんなモノの値段が上がり、給料が上がらなくて大丈夫かと、夢から覚めたような雰囲気が出始めた。急激に揺り戻しが起きています。
※週刊ポスト2013年5月17日号