「高所恐怖症になりそうだ」──高支持率に浮かれる政権幹部からこのような軽口さえ聞こえてくるほど、安倍政権の“快走”が止まらない。それを霞が関官僚たちは“暴走”の域に入りつつあると危惧している。本誌伝統企画・官僚座談会の呼びかけに応じた、財務省中堅のA氏、経済産業省中堅のB氏、総務省のベテランC氏、厚生労働省の若手D氏の4人が本音をぶつけ合った。
■司会・レポート/武冨薫(ジャーナリスト)
まず、総務省ベテランC氏が切り出した。
「7月の参院選で自民党が勝利すれば、ねじれ国会が解消し、6年ぶりに与党が衆参で過半数を得て政権基盤が安定する。行政府の一員としての建前をいえば政権の安定は望ましい。
しかし、安倍さんは衆参で過半数を持っていた第1次安倍内閣時代に憲法改正手続法(国民投票法)から教育基本法改正、防衛庁設置法改正、少年法改正、さらに公務員法改正まで大きな法案のほとんどを強行採決で成立させた人物だ。消費税率引き上げの凍結や延期は容易ではないとは思うが、政権基盤が安定した時に、総理やタカ派の大臣たちが何を始めるかわからないという不安が霞が関にあるのは事実だよ」
ひと呼吸置いて、C氏が続けた。
「政治が暴走を始めた時、いまの霞が関はそれを無理やりにでも止めることができる手段を失っているということを、もっと深刻に考えるべきじゃないかな」
財務A:いつ暴走を始めたの? 総理は公約の靖国神社参拝さえ我慢してあんなに慎重にやっている。消費税率引き上げの件も全く心配ない。
経産B:そうかな。麻生大臣に増税国際公約をいわせたのは可愛いもので、実は、財務省は裏で“増税を止めるな”と政権に揺さぶりをかけているだろう。消費増税をひっくり返されるという心配がないなら、あんな手を使うはずがない。
──あんな手、とは?
厚労D:急浮上した国会議員の迂回寄付問題のことでしょう。
経産B:政治家は自分の資金管理団体に1000万円まで寄付できるが、税金控除は認められない。ところが、政党支部への寄付であれば税金控除できるという抜け道がある。それを使って“節税”していた。
最初に発覚したのは大阪維新の会の大阪府議のケースだが、いまや自民党の参院選候補や安倍内閣の副大臣、政務官まで与野党に広がっている。昔からある手口だが、なぜこのタイミングで火が付いたのか。税金問題は財務省が政治家を牽制するときの強力な武器で、国税庁にはもっと悪質な“節税議員”のリストも用意しているというじゃない。
総務C:(真剣な表情で)その程度で政治家を牽制できるなら苦労しない。財務省も今後の政界との関係はこれまでとは違うと考えているはずだよね、Aさん。
財務A:聞きましょう。(一同 うなずく)
総務C:われわれ官僚は長い間、国会の与野党のチェック・アンド・バランスや与党内の主流派と反主流派の勢力関係をうまく舵取りしながら政策を進め、ある時は政権の行き過ぎに歯止めをかけてきた。
その好例が消費増税。野田前政権は参院での過半数がなく、民主党内には増税に強硬な反対論があった。本来ならそんな政権に増税は無理のはずだが、財務省は野党だった自公に根回しして綱渡りのように実現させた。もし、民主党政権が衆参過半数を持っていれば、子ども手当の満額支給など正反対の政策に進んでいただろう。
経産B:逆説的にいえば、政権の基盤が弱いと官僚の力は強まる。財務省が民主党政権をコントロールできたのも政権基盤が脆弱だったからだ。
総務C:だから、新聞はねじれ国会を解消すべしと書いているが、われわれはマイナスばかりとは受け止めていない。ところが、昨年の総選挙で自民、民主の2大政党制が崩壊し、議会の政権チェック機能は大きく低下した。
そんな状況で自民党が参院選に大勝すれば間違いなく強力な政権が生まれる。与党内にも安倍総理への批判勢力は事実上、いなくなるだろう。その政権がやりたい放題の政治を始めた時に、今の霞が関に歯止めをかけることができるのか。節税問題程度の武器で立ち向かえるとは財務省も思っていないはずだ。
※週刊ポスト2013年5月17日号