安倍晋三首相の「アベノミクス」だけでなく、日銀総裁に就任した黒田東彦氏による「黒田バズーカ」で経済は上向きになってきたといわれている。ところが、好転しているようにみえる今の状況は、見せかけだけだと大前研一氏はいう。
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安倍晋三首相の経済政策「アベノミクス」と黒田東彦・日銀総裁の異次元金融緩和策「黒田バズーカ」で円安・株高基調が続き、デパートなどでは高級品の売れ行きが伸びているという。
いったい今、日本経済に何が起こっているのか? 実は、何も起こっていない。黒田日銀がやっているのは国債の「買いオペ」(※中央銀行が市場、主として金融機関から国債を買い入れ、市場に出回る通貨の量を増やすこと)である。
銀行など民間預金取扱機関はこれまで資金の運用先がなくて日本国債を買い、その保有残高は2012年末で約300兆円に膨らんでいた。それを今度は日銀が買って銀行にキャッシュが戻っていくわけで、要は日銀と銀行との間でお金が行ったり来たりするだけの話だ。だが、もともとキャッシュで持っていたくないから少しは利回りのある国債を買っていた銀行は、今後さらに資金の運用先に窮することになる。
本来なら企業に貸し出せばよいのだが、今回の金融緩和によって長期金利が低下していることもあって、日産自動車やNTT、セブン&アイ・ホールディングスなどの大企業は銀行から借りるのではなく、社債発行による資金調達を検討していると報じられている(日本経済新聞/4月9日付)。
また、中堅企業の多くは今や手持ち資金でしか投資をしない。零細企業は3月末のモラトリアム法(中小企業金融円滑化法)終了後も、政府系金融機関の「経営支援型セーフティネット貸付」などの公的な手厚い救済措置によって存続しているが、これはゾンビ企業を延命させるための“飛ばし”であり、どうせ大半は回収できずに焦げ付くことは明らかだ。
本来、金利が安ければ企業は設備投資をするはずだが、この20年間、日本企業は設備投資の大半を海外で行なっており、国内では老朽設備の交換や改修が中心になるので、資金需要はさほど大きくならないだろう。つまり、企業の貸出先は極めて少ないのである。
このため、お金の行き場所が株式市場しかなくなって株価が上がり、それに便乗しようとして世界中の金融機関や投資家が日本株を買っているのが現状だ。売っているのは個人で、それで儲けたカネで高級ブランドのバッグや時計などを買っている。株価が上がったことで、凍てついていた消費者の心理が少し緩んだにすぎない。要するに、日本の実需が拡大して実体経済が上向いているという証拠は、どこにもないのである。
※週刊ポスト2013年5月17日号