4月15日、ボストンマラソンのゴール付近で発生した爆破テロ事件は、3人の死者と約300人の負傷者を生んだ。同19日には実行犯とされるチェチェン人の容疑者兄弟と警察が銃撃戦になり、兄のタメルラン・ツァルナエフ容疑者は死亡、10数時間後弟のジョハル・ツァルナエフ容疑者も警察に拘束された。
5月1日には、ジョハル容疑者と同じ寮に住むカザフスタン国籍などの3人が、火薬の抜かれた花火の入ったカバンなどを持ち出して捨てたとする司法妨害の容疑で逮捕されている。
犯行の動機についてメディアでは、ボクシングのアマ選手であるタメルラン容疑者は五輪代表になってアメリカの市民権を取得しようとしていたが、その夢がかなわず、裏切られた思いからイスラム過激派の思想に嵌り、反米テロに走ったと説明されている。
絵に描いたような筋書きに、アメリカ市民は得心した。容疑者の逮捕時に近隣住民らが叫んだ「USAコール」は、この兄弟が“アメリカの敵”とみなされた証拠だった。
だが、アメリカ社会で孤立していた若い兄弟に、果たしてこれほどの計画的で大規模なテロが起こせたものだろうか。
「事件にはあまりにも不可解な点が多すぎる。事件とその後の捜査には、“国家の思惑”が透けて見えます」
そう指摘するのは、各国の情報収集と解析を行なう外務省国際情報局で局長を務めた孫崎享氏だ。 兄弟の母国であるチェチェンは、ロシアからの独立を求めるイスラム過激派がロシアに対して激しいテロ攻撃を繰り返していることが真っ先に思い出される国である。
ボストンのテロ事件は、各国諜報機関の関与を抜きにして読み解くことはできない、と孫崎氏はいう。
「ロシアの有力紙『イズベスチア』や『ノーヴァヤ・ガゼータ』が報じているが、兄のタメルラン容疑者は2012年に半年間、ダゲスタンというロシア連邦内の国に行き、反ロシアのイスラム過激派テロリストと接触している。この人物はテロ組織のリクルーターでもあり、その後、ロシア警察により殺されています。
さらに、同容疑者はこのとき、ダゲスタンの隣国・グルジアの首都トビリシで開催された『コーカサス基金』のセミナーに参加していたことも明らかになっています」
この「コーカサス基金」こそ、タメルラン容疑者とアメリカの諜報機関を繋ぐポイントである。イスラム過激派に詳しい国際ジャーナリストの山田敏弘氏が、この組織の実態を解説する。
「この基金は、グルジアの教育省を介して、いわゆる『反ロシア分子』に資金を落としていたとされる。米CIAが間接的な資金援助をしている組織として知られ、ブレジンスキー・元大統領補佐官も活動に関わっていた。特にチェチェンから亡命した人々に、奨学金と称して資金を与えていた。タメルラン容疑者が基金の活動に参加していたことは、グルジア内務省のスパイ防止活動部門の内部書類から発覚しました」
さらに兄弟の叔父が、ロシア語を話せるCIA職員の娘と以前結婚していたことも明らかになった。
こうしたことから、孫崎氏は指摘する。
「タメルランはもともと反ロシア分子であり、その背後を辿れば米CIAが活動に関与していた。少なくともそのことは間違いありません」
※週刊ポスト2013年5月24日号